川崎殺傷事件
川崎殺傷事件以降、どうも世間ではひきこもりの人たちを犯罪者予備軍のように煽っているように感じられます。
以前から、ひきこもりの人たちは差別や偏見の目で見られてきた気がします。
でも、ひきこもっている人たちは本当に奇人変人で、トラブルメーカーで、非常識な人たちなのでしょうか。
僕たちには潜在的に非日常や刺激的な話題を求めている傾向があると思っています。
なので、まるで漫画を見る時のように、事件や事故があったら、面白おかしそうなキャラクター設定を求めてしまうのかもしれません。
もし、そうだとするなら僕たちは、面白おかしい刺激的な設定を求めるあまり、真実からどんどん遠ざかってしまっているとも言えます。
事件そのものも問題ですが、僕たち自身が普段、何をどう認識しているのかというのも問題だよなと改めて考えさせられました。
ひきこもりについて思うこと
ひきこもりにも、いろいろな人がいます。
たとえば精神を病んでいるとか、病的な原因の方も多いと思います。
あるいは、何らかのトラウマで外が怖くなってしまった人もいるかもしれません。
単に外出する必要性を感じていない人もいると思います。
ただ、どちらにしても、ひきこもりというのは、社会の脱落者的イメージがあるのも事実で、彼らの立場や気持ちにフォーカスされることは少ない気がします。
「どうせ親のお金で衣食住を確保できてるんでしょ、いい身分だね……」と思われて終わりというか。
素朴な疑問
ひきこもりの人たちって不思議と「外に出させよう!」と思われているんですよね。
もちろん、外の新鮮な空気を吸って欲しいし、日光も浴びて貰いたいです。
ただ、外に出ないという理由だけで間違った生き方をしているというレッテルを貼られてしまうのは少々気の毒な気がしないでもありません。
話は飛びますが、人間って基本的に日中活動して夜は寝ますよね。
でも、現実には夜間労働者も数え切れないほどいるわけです。
おかしいと思いませんか。
人間らしく生活するなら夜は寝た方が良いじゃないですか。
でも、「俺、夜行性だから……」って言う人もいますよね。
僕は夜、働きたくない派ですけど。
本人の体質や価値観が合っていれば、いろいろな選択肢ってあって良いのです。
「あの人も夜勤やってるんだから、君もやりなさい!」とか、そういうのは違うと思いますが。
僕たちは同じ人間ですが、人間はみんながみんな同じわけではないのです。
「結局、ひきこもりって働きたくないだけでしょ?」という偏見も未だにあると思うのですが、「働きたくない」と「自分にできる仕事が見つからない」は、まったくの別問題です。
インドア派に外で働かせようとしたら苦しいに決まっています。
逆に外が大好きな人にデスクワークさせ続けたら地獄ですよね。
そういう話なのです。
ひきこもりかどうかは別として「仕事なんか選ばなきゃいくらでもあるんだよ。仕事を選ぼうとして強欲になりすぎてるから仕事が見つからないんだよ」というのはナンセンスです。
自分にできる事が他人にできるとは限りません。
他人ができるから自分もできるかというと、そうとも限らないのです。
『みんな同じ幻想』は、捨てた方が良いです。