確かに一度言った事を簡単に忘れてしまったり、理解していないのにそのままにしてしまったりされたら気分も悪くなるかもしれません。しかし、目指す先は相手を屈服させる事でもなければ、追い詰める事でもないのです。そこで相手が真意を理解できず混乱してしまったり萎縮してしまったら、コミュニケーションにヒビが入ってしまうだけでメリットは無いのです。
「今から言う事は大事だから是非、覚えて(理解して)欲しいんだ」という気持ちを理解して貰う。面倒かもしれませんが、これこそが重要なのです。
相手を変える事はできません。変える事が出来るのは自分だけです。つまり、自分の言葉や想いが一回で伝わらなかったら、自分の言い方を変えるしかないのです。「バカじゃないの⁉︎」と恐い顔をして怒鳴りつけても効果はマイナスでしかないのです。
自分の意見も当然大事ですが、もしかしたら相手は違う意見を持っていて、それを伝えたいのに、こちらが聞く耳もたずだったという可能性も考えた方が良いでしょう。
クレーム処理の仕事をしている人はわかると思うのですが、クレーマーの中には正直言って何を言いたいのかわからない人も多いです。よくわからないけれど、とにかく文句を言ってお金を巻き上げようとしているのかもしれません。彼氏に浮気されて機嫌が悪くて誰でも良いから八つ当たりをしたかっただけかもしれません。自分の言語能力が低く、話が通じなくて余計にイライラしているのかもしれません。
とにかくお客さんが怒っているのには、きっと理由があるのだろう。否があるところは素直に認めて謝って許して貰いたい。的確な対処をしたい。そう思っても、クレーマーの真意がわからなければ、何に対してどう謝罪すればいいのかわかりませんし、改善案もわかりません。詳細を聞こうとしたら「事務的で冷たいヤツだな!」とか「謝る気が無いんだろう?」とか「そんな事もわからないのか!」とか「自分の胸に聞いて見ろ!」とか言われても困るのです。
そもそも筋が通っていて、わかりやすい人はクレーマーと思われません。瞬時に対応して貰える可能性が高いですし、トラブルも最小限で済むと思います。コミュニケーションが円滑に成立しているからです。これも必ずしも善悪の問題では無いのです。最終的にどういう方向に話を進めたいのかが明確だから話が進むのです。
そう考えて見るとわかると思います。わかりづらいと、コミュニケーションが円滑にならないのです。
今後確実に関わらずに済む相手であれば軽くスルーしても必ずしも悪いとは言いません。しかし、世の中というのは、必ずしも自分の言葉や想いが通じるとは限らないのです。「コミュニケーションが苦痛=コミュ障」と安易に考えるのではなく、どうすれば、コミュニケーションが少しでも円滑になるかを考える方が生産的です。だからむやみやたらと誰かにレッテルを貼ったりしない方が良いです。
自分をコミュ障と思うのであれば、「私はコミュ障。以上!」ではなく、だからどうだというのかを考えた方が良いです。病気なのか障害なのかが知りたければ信頼できる病院に行けばいいと思います。コミュニケーションを上手に取れるようになりたいのなら、怖いかもしれませんが、現時点で一番信頼できる誰かに、それを素直に聞いて見れば良いと思います。
身近にそう言う人がいなければ、カウンセラーやセラピストも巷にはたくさんいるので利用して見て下さい。確かにお金はかかりますが、逆に言えば、主導権が自分にあるわけですので、コミュニケーションが苦手だろうと何だろうと真剣に聞いてくれます。万一、二度と関わりたくなければ二度と関わらなくても良いのです。恐れる事はありません。
人と接するという事は確かに簡単ではないのかもしれません。時には親しい仲であってもぶつかる事もあります。場合によっては争いに発展する事もあります。逆に親しくない人だったけれど、相手の真意を理解したら急に打ち解けたという事だってあるのです。本当に性格の合わない人たちばかりが周囲に集まってしまったと思うのなら、そこに固執せずに新しい人たちと接すれば良いのです。
人は人によって磨かれるのです。コミュ障という言葉に踊らされることなく、双方が思い遣りの気持ちを持ってコミュニケーションに臨む。それがいちばんです。
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