恐れる理由はありません パート2 〜 There is no reason to fear Part.2

恐れる理由はありません

霊界を恐れる理由は、まったくありません。
心霊現象や怖い話をテーマにした映画やテレビ番組がありますが、いずれも娯楽の一環として私達にショックを与えるように作られているのです。

ただ、こういった映画や番組は私達の想像力をかき立てますし、刺激された私達は自分の想像を信じてしまうこともあります。

私達の感覚とエネルギーは通常、自分の思考が作り出すもので、思考の影響も受けています。
もし幽霊や心霊現象を怖がっていれば、恐ろしい体験をすることがありますが、それは霊界のものではなく、自分のマインドのパワーが生じさせています。
人間のマインドには、現実とはまったくかけ離れた思考やイメージを作り出す力があります。
私達の個人体験は、私達それぞれの「現実の捉え方」の表れなのです。
私は幼少の頃から霊界の存在に気づいていましたが、霊の存在に脅かされたり、恐れたことは一度もありません。

私達の人生の捉え方は、私達の経験、私達が見ているもの、聞こえているもの、感じているものが基盤となり、さらにそれらの情報の処理の仕方、何と何を結び付けて考えるか、によって決まります。
私達は皆、それぞれに異なる経験をしていますから、一人一人が完全に違う個性をもった存在です。
霊界のパワーと愛を純粋に感じたことがある人なら、霊を恐れる理由などないことはおわかりでしょう。

 

証拠と、信じる心

何らかの個人的体験から心を開き、霊界の現実を受け入れている人は大勢います。
直接に霊の世界を体験していなくても、親しい友人や家族にそのような体験をした人がいて、その話を聞いたのかもしれません。
心を開き、本来私達に備わっている知識を解放するためには、その火付けとなる経験が起きる場合もあります。

子供の頃、私には人の周りにあらゆる色が見えていて、それがその人の感情状態だととても良くわかりました。
皆に見えているものではないとは、知りませんでした。
オーラが見えるのは普通のことだと思っていたのです。
また、肉体を持ったように見える霊を見た鮮明な記憶もあります。

その霊達は普通の人間のように見えたので、私は「生きている」人達と呼んでいました。
大勢の子供たちは、年齢が6歳か7歳に達するまでは霊界の存在に気づきを持ち、受け入れています。
形式的教育と自我の発達によって、このいわゆる「異常エネルギー」に対する気づきは大抵、失われます。

心理的・感情的に成長するにつれ、私達は物理的世界に比重を置くようになり、自己アイデンティティを発達させます。
さらに、通常は社会通念や社会文化の理解も楽にできるようになります。
この時点に到達している子供たちが未定義のものや科学、物理学の法則の合意がないもの、もしくは友人や両親の意見に合わないものは拒絶し、信じないというのはよくあることです。