絵を描くことと、サイキック能力を通して、 自分に自信を持ってもらい、幸せになってもらえれば最高です。〜氷室奈美さんインタビュー〈前編〉

氷室奈美さん

透視画個人カウンセリングや、「オーラが見えるようになるセミナー」などが大人気の、漫画家でサイキック能力の持ち主でもある氷室奈美さんに、これまでの体験や、ご自身の活動に込めた思いなどを伺いました。

 

【氷室奈美さんの幼少期からの神秘体験について】

—— 氷室さんの神秘体験はいつごろから始まったのですか?

氷室奈美さん
私には妹がいまして、5,6歳の頃、よく寝る前に二人で「遊びにくる光」と戯れていましたね。どういうことかというと、寝るときに電気を消すと真っ暗になりますよね。そうすると、毎晩のように、蛍のような小さな光が現れるんです。
幼少期の頃は、私よりも妹の方がより敏感な霊感体質でしたので、妹がその小さな光を手の中に捕まえて、「ほらお姉ちゃん、光を捕まえたよ」って、起こしてくれたり。その妹は、今ではもうすっかり普通の人なんですけどね(笑)。
7、8歳の頃からは、今度は幽体離脱体験をよくしていました。私は2段ベッドの上で寝ていたのですが、いつの間にか勝手に身体が浮き上がって、そのまま天井を突き破って夜空を自由に飛び回るわけです。
それが幽体離脱体験だったと知ったのは、中学生くらいになって、精神世界系や、インドのヨガやチャクラなどに関する本を読むようになってからですけどね。

—— 中学生ですでにそういう本を読み始めたんですね?

氷室さん
そうですね。オーラのようなものも見えていたので、私が見ているものが何なのか知りたかったんですね。それでヨガの本などで「プラーナ」の話が出てきますので、「私が見ているのはこのプラーナなのか?」と、考えたりしていました。
また、私が中学2、3年生の頃は、初めて日本人の画家さんが、自分が描いたタロットカード本を出版してくださったので、タロット占いを学校のクラスメイトなんかにやるのがマイブームになっていましたね。

—— 先生に怒られたりしませんでしたか?

氷室さん
いえ、放課後ですし、むしろ先生までもが「占って」とやって来ましたからね(笑)。クラスメイトには、まあ遊び半分ですけど、「テストの成績がどうなりそうか」などを占ったりもして。その頃の体験は、漫画の『タロットウォーズ』にも少し描いたりしています。

—— 友達からの反響はいかがでしたか?

氷室さん
タロットができるというだけで、一目置かれていた部分はありましたね。というのも当時は、全国的に小中学生の間で、「こっくりさんブーム」が来ていまして。いわば、ミニ・オカルトブームが。ですから占い的なことにも、みんな関心はありましたよね。
ただ、こっくりさんはその後、怖がる人もいて、精神的にもよくなかったので、やがて学校側から「禁止令」が出ましたね。
一方でタロットは占いであり、悩み相談という感じでしたので、微笑ましくやっていましたね、みんなで。

氷室奈美さん

—— その頃のタロットは独学ですよね? これまでに師匠について何かを学んだ経験は?

氷室さん
はい。もちろん、その頃は独学です。その後大人になって、漫画を描く一方で、電話占いの会社に10年ほど勤めることになります。
その過程で30歳頃に、大家のヘイズ中村先生に師事しまして本格的にタロットを学びました。あとは、2004年に、CDP(?)という8日間の超能力開発プログラムがありまして、そこでブラジル人の先生に指導を受けたことがあります。
ここで学んだのは、幽体離脱や透視の仕方や、人間のエネルギーボディであるアストラ体を宇宙へ飛ばす方法などを学びましたね。
幼少期に自分が体験してきたことを、理論的にも再確認できたいい体験でした。