ココロセラピストが語る!? 最近忘れていたことなのだが、SNS疲れについて考えてみた。~ネットだから疲れるのだろうか問題~

SNS

SNS疲れ。

そういえば、忘れていた感覚がある。それはSNS疲れだ。SNSをやっていて当たり前の時代になったから、そもそも、それが本当にストレスなのかどうかさえ、意識しなくなってしまった。別に、そういうことではない。確かに以前SNS沼にどっぷり浸かっていた頃は、SNS疲れをものすごく実感していた。実感していたにも関わらず、やり続けていた。ぶっちゃけ、SNS依存症だったのだろうと思う。

僕の場合は、仕事が欲しくてネットで自分を宣伝しまくって、名前を売りまくらないといけないというある種の強迫観念のような気持ちもあったかもしれない。とにかく、SNSこそ我が人生と言わんばかりに、やりまくって、ストレスをためていたのは事実だ。だが、あるとき、思い切ってFACEBOOKを自粛するようにすると、予想以上にストレスが減った。

自粛を始めた当初は、たぶん、喫煙家の禁煙と同じくらい、禁断症状がでて不安になったり、イライラしたりしていたような気もする。だが、今はSNSに一喜一憂することは確実に減った。今回、こんな記事を書いたのは、自分自身がSNSとの距離感を上手に掴めてストレス・フルの状態を忘れていたが、自分以外の人はどうなんだろうと、ちょっぴり気になったからだ。

SNS大好き。

矛盾するようだが、僕は決してSNSが嫌いになったわけではない。今も大好きだ。なくてはならない存在だと思っている。今も、X(旧twitter)を利用している。とても便利なツールだと思う。ほぼ使わなくなったといっても、FBはFBで、価値はあるし、これからもどんどん進化して欲しいと思っている。

自分が情報を発信できるメリットは大きい。双方向性のメディアという概念は本当に素晴らしいと思う。欲しい情報を得やすいというメリットも大きい。特にネットの世界は世界中と繋がっているので、求めている情報が昔と比べて格段に得やすくなったと思う。

そして、情報以外にも、人脈が広がることもメリットだ。別にFB友達を増やそうとか、Xのフォロアーを増やそうとか、そういうことではない。本来出会うことのない人間同士がつながって、本来得られなかったであろう交流ができるようになったのだ。SNS万歳だ。

SNSの2つのストレス。

人によってSNS疲れの原因は違うと思うが、主に、情報量の問題、人間関係の問題の2つじゃないかと思っている。

情報処理については、何気に複雑だ。不要な情報が目についてしまうと、その時点でストレスになる。たとえば、自分と明らかに価値観が異なる内容の投稿が大量に流れてくると、大きく感情が揺さぶられてしまう。情報は情報だと割り切って、軽くスルーできると良いのだが、ついつい、いちいち、反応してしまう。あるいは、自分が望まない情報が大量に流れて来た時などだ。

よくわからないスパムが送られてきたり、アクセス数稼ぎのための釣り的な投稿が流れてきたりすると、そういうのもストレスになる。これはもう、迷惑行為以外の何物でもない。それはそれとして、情報量そのものにストレスの原因があるのかと考えると、必ずしもそうではない。

今からたとえ話をするが、食べ放題をイメージして欲しい。たくさんの種類の食べ物がある。好きなだけ食べて良い。だからといって、店内の料理すべてを完食する必要があるかというと、決してそんなことはない。欲しい品を望む量だけ取って来て食べればいいのだ。

SNSも同じで、自分が興味ありそうな投稿を必要なだけ見るなりレスポンスするなりすればいいのだ。食べ放題の店のメニューを全部一通り見て試さないと料理そのものや、料理人に対して失礼だと考えすぎる必要はない。感謝の気持ちは必要だと思うが、その気持ちさえあれば充分だ。つまり、自分にとって必要のない情報は軽くスルーする能力があれば、それほどストレスにはならないと思うのだ。

食べ放題の店に行くと、品が多すぎて悩んでしまうタイプの人は、食べ放題ではなく、具体的な品が具体的な値段で提供してもらえる店に行けば良いのだ。SNSの情報は玉石混合だ。だから僕はSNSは宝探しゲーム的感覚で楽しめれば良いと思う。義務ではないのだ。

次に、人間関係の話だ。SNSは情報のやりとり媒体ではあるが、感情のやりとり媒体でもある。双方向性のメリットでもデメリットでもある。SNSは相手の顔や実名を知っていようがいなかろうが、画面の向こうにいる人の存在感は大きい。なので、使い方によっては情報より感情の処理でストレスになるかもしれない。

今の時代はどうかわからないが、FBで友達になった人の投稿は全部チェックしてあげなければならないとか、「いいね!」を押してあげなければいけないとか、そういう暗黙ルールというか、文化というものが介入してしまうと、本当にストレスになる。だから無駄に人数集めをしてしまうと、それこそストレスに感じてしまう。

「そんな必要ないよ」と言いつつも、自分の投稿が軽くスルーされていると、自分は嫌われているのではないかとか、軽くスルーされているのではないかと凹んでしまう自分もいる。ただね、SNSであろうとリアルであろうと、友達であろうとなかろうと、誰かの意見を全部、受け止めてあげる必要もなければ、共感してあげる必要もないということだ。

家族や友達の話を全部聞いてあげて、共感してあげているかと言われると、たぶん違うと思う。逆にいえば、身内だろうとクラスメイトだろうと、自分の意見を押し付けてきて、肯定的に反応してあげないとキレてくるような人とは距離を置くと思う。SNSだから、という問題ではなく、根本的には普通に人間関係のストレスだと思う。

人間関係のストレスは、家族関係、友人関係、仕事関係で、どこでも付きまとう。「〇〇さんは、私の事をどう思っているのだろう?」「△△さんは、きっと私のことを××と思っているに違いない」まど、日常的にはえていないだろうか。だとすると、そういう感情を処理できる適正人数を自分なりに再検討してみるのが良いかもしれない。

情報発信する側の意識も大事だよね。

言論の自由があるので基本的には何を言っても良いと思う。色々な価値観もあっていいと思う。過度な言葉狩りや言論統制は論外だと思う。僕もSNSや、この記事も含めて、言いたいことを言わせてもらっている。言いたいことが言えるのは素晴らしいことだ。

ただ、特に自分に言い聞かせたいことでもあるのだが、意見の押し付けはよくない。物事をどう認識して、どう解釈して、どう感じるかは個人に委ねた方が良い。そして、攻撃目的な発言は極力しない方が良い。誰かを不要に傷つけてしまうかもしれないから。

これも、SNSのストレスに限った話ではない。プライベートでも仕事でも同じことだ。「言いたいことを言って何が悪い!」と、感情の垂れ流しをする人もいれば、何を言っても「ハラスメントです!」と言ってくる人だっている。

情報をスルーする能力も大事だが、自分の発言が与える影響力も考えすぎない程度には、頭の片隅に入れておいた方が良いと思う。はい。自戒の念を込めて。でも、人って、そういう言動を試行錯誤しながら成長していくんだと思う。そして、結局はSNSストレスかどうかは別として、疲れたら自分の時間をきちんと確保して、休める環境を作っておこう。これがベストだと思う。





  

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