ジャワ島の怖い女神 ニャイロロキドゥル
先日、クレイジージャーニーというテレビ番組に、インドネシアのジャワ島の女神、ニャイロロキドゥルが紹介されていました。海に棲む怖い女神で、一種の怨霊みたいな感じでしょうか。現地では、テレビであつかうと祟られるとか、女神の禁足地を犯すと禍が起きるとか言われているようです。
なぜ、そんな怖い女神を、ジャワの人々はお祀りしているのでしょうか? ニャイロロキドゥルは、ジャワ島の歴代の王が結婚する女神で、 女神との結婚によって王朝を統べるパワーをもらう からです。ジャワでは、歴代の王がニャイロロキドゥルと結婚してきました。王と女神の 聖婚 は、古代の宗教でよくみられます。 映画にもありましたね……そう! ベオウルフ です。
デンマークの叙事詩・ベオウルフとそっくり
ベオウルフは古英語で書かれた叙事詩で、舞台は北欧のデンマークですが、ジャワ島の女神とよく似ています。主人公ベオウルフは、海辺に棲む女の魔物と契りを交わし王の座を手に知れます。 実は、先代の王も同じようにして王になったのでした。ベオウルフが死ぬとき、海の中から魔物が迎えにやってきます。海辺の魔物と契りをかわしたものは、王となって栄華を極める代わりに、死んだあと女神に海底に連れていかれる習わしなのです。
映画ではアンジェリーナジョリーが海辺の魔物を演じていました。ベオウルフでは海辺の魔物として描かれていますが、神というか悪魔というかは、単なる呼称の問題で、語られているストーリーはほぼ同じです。
ジャワ島では、現地の人が海辺に行くときは緑の衣服を着けてはいけないそうです。女神は緑が好きなので、海中に引きずり込まれて、女神の住処の竜宮城につれてかれるからです。このあたりもよく似ていますよね。

聖婚のルーツは古代メソポタミア(シュメール文明)
なぜ遠く離れた北欧のデンマークと南の島ジャワ島で同じような伝説の女神が存在するのでしょうか?王と女神が結婚をし、女神からマジカルなパワーを授かり王権を神授 されるされるというストーリーは、 古代メソポタミア でもみられました。有名なのが イシュタル(イナンナ)の聖婚 です。
「イシュタルってあのFATEシリーズに出てくる?」いやいや、fate grand order がまねしているのであって、イシュタルのオリジナルは古代バビロニア神話に出てくる美と戦争の女神です。シュメール文明では イナンナ といわれていました。シュメールの都市国家ウルクの王は、イナンナと成婚することによって、王としてのパワーと資格を得ました。女神との結婚が王たる所以だったのです。

イナンナの聖婚は生贄を伴う
シュメール神話では、冥界に降りて行った女神イナンナは、冥界の毒気に当てられ帰ってこられなくなります。その時、身代わりとして差し出したのが、イナンナの夫ドゥムジでした。彼を冥界に連れていき、女神の身代わりとして差し出す代わりに、イナンナは地上に帰ることができたのでした。めでたしめでたし……なんですけど~
この故事から、女神の恵みを地上に留めるためには、その夫を冥界に捧げる必要ができたのです。冥界とは死者の国ですから、要するに生贄です。女神の夫とは、聖婚の相手である王様のことですが、地上の最高権力者・王を生贄に捧げるわけにはいきません。そういう場合どうするかといえば、代わりの生贄が選ばれるのです。
生贄に選ばれた男は、1年間、王として贅沢の限りを尽くし、最後に、生贄として殺され、冥界に送られます。古代メソポタミアの都市国家では、国家と王家の繁栄を維持するためには定期的な生贄が必要でした。かれらは偽の王を生贄に捧げることによって、王権を維持していたのです。
クレイジージャーニーでは、ニャイロロキドゥルに生きた鶏を捧げるシーンがありました。現代では生きた鶏ですが(それでも十分かわいそうですが)かつっては生きた男だったはずです。もちろん、これはジャワに限ったことではなく、デンマークでもそして、日本でも、この女神には男の生贄を捧げる習わしがあったはずです。
中編に続く 「日本に伝わったシュメール神話 — 補陀落渡海とシュメール神話」