もしかして私ってかなり問題あり? ~罪悪感や劣等感を植えつけられないで~

また怒られちゃった……。

何度も怒られていると、誰でもだんだん自分に自信が無くなってくるものです。

はじめのうちは、素直に怒られて、いまいち理解できなくても「もしかしたら、私に落ち度があったのかもしれないな。次は頑張ろう!」なんて思うかもしれません。

でも、何度も怒られていると「こんなに怒られ続けている私は、自覚が無いだけで大きな欠陥があるんじゃないかしら……」なんて思えてきますよね。

でも、怒られ続ける人って、なぜだかわからないけれど『怒られキャラ』にされてしまうので、定期的に怒られ続けるわけです。

気がついたら、どんどん罪悪感や劣等感を植えつけられて、本来の自分の持ち味が出せなくなったり、本領発揮できなくなったりして、最後には自己否定に向かってしまう危険性もあります。

 

私、本当はダメ人間なの?

毎日毎日怒られたりしていると、本当に自分自身を信じられなくなってしまいます。
そうすると心も病んできますし、場合によっては身体症状も出てきます。
元気も無くなってくるので「やる気が無い!」と思われたり、周囲にも悪影響を与えかねません。

これは本当に危険です。

でも、自己否定を結末に持ってくる前に、心当たりのある人は一旦深呼吸をして欲しいのです。
そして冷静に考えてみて欲しいのです。

そもそも怒られるっていうのは厳密には「指導」ではありません。
怒りをぶつける行為のことを言います。
「怒っている」のか「指導している」のかは、結局は受け手の解釈によるところが多いですが、とにかく内容を一度、検証してみる必要があります。

「○○さんは、ものすごい剣幕で怒っているから、きっと私は悪いことをしてしまったに違いない」
「○○さんは、ものすごく軽蔑するような目で私を見るから、きっと私は悪いことをしてしまったに違いない」
「○○さんは、私が具体的な説明を求めたら、自分の胸に聞けとかいうから、聞いてみたけど、やっぱりわからない。きっと私は自分の過ちにすら気づかないような人間なんだ……」

という具合に、まったくよくわからない理由で自分を悪者に仕立て上げていませんか。

海外ドラマなどではよく、ことあるごとに「わかるだろ?」とか言いますが、ちっともわかりませんよね。

怒っているにしろ指導しているにしろ、何に対して怒っているのか。何をどう改善しろと言っているのかがわからなければ、ハッキリ言って時間の無駄なのです。

優しい人や純粋な人は「怒られる方にも問題があるって言うし……」なんて思ってしまうのかもしれません。
確かに、そういう場合もあると思いますよ。
でも、必ずしも怒られる側に問題があるとも言い切れないということを忘れないで欲しいのです。

だから、自分の落ち度が何なのか。
どの程度、害を与えてしまったのかをきちんと理解する必要があるのです。

「きっと私が悪いに違いない……」と言っても、ハッキリ言ってそう思っても、思わなくても何の改善にもなりませんから。

具体性が無さ過ぎるのです。

もし、怒っている人の言っている事が具体的で、こちらもそれが理解できて、納得できたなら、そこは素直に反省して改善するように努めた方が良いです。
だからといって、どちらにしても自己否定する必要はありません。

 

怒っている人が正しいの?

私は決して怒られても開き直れと言っているわけではありません。
ただ感情的にネガティヴになっても自己否定しても意味がありません。

だから、どうせなら何が問題で、改善の余地があるのか、そのためには何をしたら良いのかという具合に生産的な思考に切り替えて欲しいのです。
そして、ただ、相手がキレているだけで、実は中身がなかったら、怒られ損だということに気づいて欲しいのです。

『怒っている人=正しい』ではないのです。
単に機嫌が悪いだけかもしれません。

人間ですから、八つ当たりする相手がいれば小さな弱みでも大袈裟にして追い詰めたりする人いますよね。
そう言う人の言葉を真に受けてしまわないで欲しいのです。

というか、率直に言うと『パワハラ』を疑って欲しいのです。
なんでもかんでもパワハラという風潮は確かによくありません。
でも、現実的に考えると、世の中にはパワハラで心身を病んでしまったり、生活がダメになってしまった人も大勢いると思います。

何らかの権威があるからと言って、自分の機嫌で誰かを追い詰めたり悪者に仕立て上げるなんてもっての外です。
中には濡れ衣を着せられたり、そう言う人だっていますよね。

だから、相手の自分に対する接し方を客観的に見る習慣をつけて欲しいのです。
そこに愛はあるのか。
問題点があるならそれを解決し、乗り越えて欲しいと本気で思っているのか。
それとも、なんらかの当てつけなのか。
ストレスの捌け口に自分が選ばれてしまっただけなのか。

 

イジメの構造

会社の上司でも先輩でも、学校の先生でも親でも、人間は誰だって怒る時は怒ります。
でも、その怒りの内容をきちんと理解しないとコミュニケーションにヒビが入り、最悪、誰かの人生を台無しにしてしまいます。

自信満々に怒りをぶつけてくるひとが正義なら、世の中のイジメって全部正当化されてしまうということなのです。
そんなのあり得ないでしょう。

お説教(指導)ひとつにしても、相手のためを本気で思っているかどうかって大事だし、その具体的な内容も大事なのです。

怒る時も怒られる時も、それは忘れないで下さい。

 

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