一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.253 「流浪の月」

流浪の月

本屋大賞受賞作の巧みな再構築が秀逸
静謐な影と悲しみに充ちた佳作!!

原作を読んでいたので、楽しみと不安で試写に行った。
まず、脚本のキレに驚いた。的確な省略。
冒頭の1シーンで主人公のふたり、更紗と文の出会いと関係性を見事に表した。
李相日監督は脚本に苦しんだそうだが、長編原作のエッセンスを抜き出し、再構築した手腕に驚いた。
そして、不安は噴霧した。映画の方が私は良かった。
原作は正直、んっ? と思う箇所もあったのだが、映画は何日も残るほどの映像の刻印、そして全体を通した静かな悲痛さが心地良かった。
誰にも理解されない世界でも、自分たちが良いのなら、それで幸せ。
そうあれたら至福だと改めて思わされた。

女児誘拐事件の犯人の青年と女児。
しかし、ふたりの関係は世間がそう思う関係ではなかった。
ふたりはかつてない運命の相手のように、短期間慈しみあいながら暮らしていたのなら? そのふたり、更紗と文は事件から15年後に再会する。
今はひっそりと恋人と暮らす更紗は、今でも文のことを愛しく思っている。
恋人の求婚にも乗り気ではなく、空虚な日々を紛らす毎日。
しかし、ある日偶然に文が経営するカフェで再会する。
もちろん、文は知らん顔だ。
動揺する更紗は毎日カフェに通うようになるのだが……。

流浪の月

 

男女の関係は性的なものが全てではない
映像、演技、美術と素晴らしい!!

ストックホルム症候群の亜流か。
被害者が犯人に好意を抱くパターンだけど、文は更紗になにも性的な行為はしていない。
ただ、孤独なふたりは短い間魂を慰めあっただけだ。
でも、それを世間の人に理解させるのは至難の技だろう。
本作も世間の文や更紗への理解は皆無で、更紗の恋人は「気持ち悪いんだよっ」と吐き捨てる。
文が更紗に性的なことをしなかったのは訳があるのだが、その理由がなかったら、性的なことをしていたのかもしれない……。
それはグレーゾーンだ。
いずれにしろ、際どいあやうい関係なのだ。
でも、男と女の結びつきは性的なものが全てではないのだから。

韓国の撮影監督ホン・ギョンピョ(「パラサイト 半地下の家族」など)の切り取った映像が素晴らしい。
日本の空や風や月や雲や鳥という美しい自然を韓国人の目で抽出した。
なんだか、不穏な雰囲気が出ていて映画を引き立てまくっていた。
文が働くカフェの美術や照明、雰囲気も独特で印象に残る。いいなあ。このカフェ行ってみたいと思わせる。ドラマが息づくカフェだ。
そして、役者陣の演技も特筆。広瀬すず、すでに李監督の「怒り」で演技開眼していたが、本作では本格的なラブシーンにも挑み、果敢にものにしている。
彼女の暗い面が表出して見る者を引き込む。
そして松坂桃李。文にぴったり。文の苦悩を体全部で叫んだ。
哀切。見っけものはDV恋人の横浜流星。さわやかイケメンの役よりこれが本質では? と思わせる迫力で彼も本作で演技開眼したのでは?

流浪の月

 

みんなが自由にそれぞれの幸福を追求する
そんな地球になるのだから、と信じる

更紗と文の関係はいびつだけど、いびつでない関係なんて世の中にひとつもないのでは? とも思う。
みんなそれぞれの幸福を自由に追求していいのだから。
みんなが苦もなくそうすることができたら、素晴らしい地球になる。
静謐な影に充ちた佳作である。

 

監督・脚本 李相日
原作 凪良ゆう
出演 広瀬すず 松坂桃李 横浜流星 多部美華子 趣里 三浦貴大 白鳥玉季
増田光桜 内田也哉子 柄本明

※150分
Ⓒ2022「流浪の月」製作委員会
※5月13日(金)から全国ロードショー

 

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