一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.230 「けったいな町医者」

けったいな町医者

尼崎の風変わりな在宅医を追う
日本の医療の闇が透けるドキュメンタリー

町医者って言葉、なんか安心する響きである。
最近ではあまり聞かれないような気がする。

本作は兵庫県の尼崎で町医者として地域の住民の在宅医療に関わる長尾和宏医師を追ったドキュメンタリーである。
今まで自宅で2500人を看取った彼は、著作も多数出している有名な医師だ。
私も本屋で何冊か見たことがあり、尼崎の医者だと今回初めて知った。
彼は尼崎の商店街にけっこう大きなクリニックを開業している。
自宅で死にたいという患者を足しげく往診し、在宅医療を自分のクリニックや地域の介護施設などと連携して行なっている。

往診には高級外車で出向く。
尼崎という場所は下町で、関西では一般的にはまあ、柄悪い、と言われる場所である。
高級外車が尼崎という場所ではいい、とナレーションが入ったりする(笑)。
長尾が看る患者も商店街の豆腐屋の主人や仲良しの老女など地域の庶民で、彼らの自宅がまた興味深い。
ぐちゃぐちゃに物が多い。片付いてない。汚い。
もう生活臭ぷんぷんなのだ。それがものすごく面白い。
他人の家の中ってほんと面白い。
そこへ長尾は「どないやあ~」とずかずか入り耳の遠い老人に顔をくっつけて大声で話をする。
関西弁の中にかすかな訛りが混じってあれっと思う。
四国の人?(私も四国なので)調べると長尾は香川県出身なのだ。

長尾は患者や家の人にしゃべりまくる。
そして「大丈夫やで~」と手を握って安心させる。
それはクリニックの診察でもそうで喋り倒して自分をモデルにした映画(「痛くない死に方」)のチラシやクリスマス会や、自分の歌謡ショーのチラシを渡して始終楽しそうで話題に事欠かない。
まさに、地域に密着、信頼される「町医者」。

けったいな町医者

 

薬の処方が治療と信じる医者たち
製薬会社の言いなりの医学部教授

今、こういう医者は少ないのだと思う。
長尾は淡々と語る。
「大学教授が教えんのは薬の使い方やからね。薬で病気治そうとする。どんだけ薬出されてんのって人ばっかりやから。教授は製薬会社からお金もろてるから。お金もらうんはええよ。偉い人なんやから。でも、製薬会社の言いなりになったらあかん」。
正直だなあ。
長尾自身も大学病院で点滴をバンバン打つ治療をしていたが、点滴をすればするだけ症状が悪化していき、止めてみたところ症状が改善されたということがあり、あれ? この治療法はおかしいな? と思い始めたそうだ。
それから、勤務医を辞め自身のクリニックを開いた。

日本の医者は薬をとにかく大量に出す。
その量は世界二位と言うのを読んだことがある。
私の父も大量の薬を処方されていて(中には危ない薬も)、それを知って医者に電話で文句を言うと、いきなり電話を切られた。
そして「お宅の娘さんは気が強いねえ」と父に言ったそうで、その危険な薬は処方されなくなったが、量は減っていない。
母親は高血圧の薬を処方されているが、飲んでいない。
でも、薬はもらう。
断るよう言うと「医者も商売やから」と言う。
なるたけ医療費を使わないようにするという意識もないようだ。
私は薬は飲まない。
医者も健康診断も行かない。
とにかく医者には近寄らないようにしている。
以前は違ったが、近藤誠医師や船瀬俊介さんや内海聡医師や中村仁一医師の著作を多数読みそうなった。
無知は怖ろしい。
薬を大量に出してなんの疑いも持たない医者が大多数の中、長尾は貴重な医者だろう。
そして、かなり自己顕示欲の強い医者のようだ。
歌謡ショーってなんだ?
自身が歌う歌のショーをホールを借りて敢行。
お客は患者や地域の人々。
よく分からないんだけど、やりたいことやってるってことね?
ほんま、けったいな医者やわ。

けったいな町医者

 

臨終の瞬間まで心臓マッサージ??
医者はどこまでも医者なのである

映画では臨終を迎える患者も映されていて、息は止まってるんだけど、心臓が動いている患者に長尾は声をかけ続け心臓をマッサージしつづける。
しかし、もう死は真近だ。
妻や息子もかけつけているが、皆棒立ちでその様子を見ている。
長尾は声をかけ続ける。
これ、どうなんだ? と正直思ってしまった。
もう死が真近なら、何時までもマッサージせずに妻や息子に手を握らせてお別れさせたればいいのでは?
息子は立ったまま泣いてるし、妻も離れた場所で「お父さんありがとう」って言ってるし。
撮影のカメラが入ってたからの所業?? それはないんじゃないの? と、イラついた。
あんた、そこは引きなさいよ、と。
こんなところでも出た自己顕示欲?
過剰な看取りの瞬間ってのは今後の長尾の課題ではないだろうか?
いや、長尾だけではなく、日本の医療の課題なのだと思う。
とにかく最後まで医者は一分でも一秒でも患者を長生きさせる方へ動く。
怖ろしいことである。

本作は、長尾という一人の医師の日常を通し、同時に透けて見える日本の医療界の姿に震撼する作品でもある。
でも、それはたぶん一部の人にしか分からない。

 

監督・撮影・編集 毛利安孝
出演 長尾和宏 尼崎の地域の人々
ナレーション 柄本祐

※116分
©「けったいな町医者」製作委員会
※2月13日(土)からシネスイッチ銀座、2月26日(金)からなんばパークスシネマ、神戸国際松竹、京都シネマ、3月5日(金)から塚口サンサン劇場 にて公開。

 

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