多くの人の心にさざなみを立てる
魂の光と闇に魅了される傑作!!
なんで死ぬかなあ。
本作の監督は本作を仕上げて自殺したという。
29歳。なんで死ぬ必要があったのか? 映画を観れば解るかもと思い観たけど、映画には希望も絶望もあった。
ラストは希望だと思ったんだけど、監督にとっては絶望だったのかな?
でも、死んではいけない。どんなことがあっても。
死ぬのはずるいよ。
約4時間という長尺。
最初はどうなることかと思ったけど、観始めてすぐに夢中になった。
好きな女がいるのに親友の妻を寝取り、目の前でその親友に自殺されてしまうチンピラ。
チンピラの弟は学校でいじめをくり返し、友だちをいじめから守ろうとした少年はあやまってそのいじめっ子を階段から突き落としてしまう。
少年と仲の良い少女は母親との関係が最悪で、心の拠り所は教師との不倫だ。
少年と同じアパートに住む老人は娘夫婦から老人ホーム行きを促される。
この4人をカメラは静かに静かに追う。
カメラが近い。背後から。顔アップから。
しかも、ほぼ手元とか足元を意識的に見せないので何を食べてるのか、何してるのかよく分からなくて時にイライラもする。
しかし、長回し多用のスタイルはぐぐっと登場人物に入り込んで心地良い。
いったいこの4人はどうするのか? 彼らがたどり着きたいと思っている「一日中座っているだけの象」は彼らを救ってくれるものなのか?
観ながらずっと心の底に澱のようなものが溜まってくる。
「どうしようもない」社会でこそ
生きる喜びや楽しみは必ずある
彼らは「どうしようものない」のか。
ここで描かれる中国の人々の不寛容さに驚き、打ちのめされる。
愛犬を噛み殺された老人に対する犬の持ち主の言い草。
老人は切符売り場で躊躇しただけで「早くしろ、ジジイ」と後ろの客から罵声を受ける。
娘に突然怒鳴る母親。
生徒への気配りなどカケラもない教師。
こんな社会で生きてたら心がカサカサになるよ。
みんなこの社会で居場所がない。
どうしたらいいのか皆目分からない。
ああ、でもこれは中国だけじゃない。
日本もそうだし、世界的にも不寛容が広まっているのだ。
「どうしようもない」ことで一杯の映画なのだ。
でも。「どうしようもない」世界でも、そのうち慣れる。
そして、どうしようもない中に喜びも楽しみもあるのだ。
もしかしたら監督はこの世界を許すことが出来なかったのかな?
だから死んだのかな? と今思った。
まず、自らの不寛容を戒め、いさめる
そして人に優しくしよう!
前述したように、私はラストシーンに希望を感じた。
私の中に溜まっていった澱はなんなのか?
それは、人間として生きることの寂しさのようなものかしら。
どうしようもなくても、死ぬまで生きる。
そして、その生きていく世の中を少しでも良くしていくことは地球に生きる人間の使命なのだから。
自死してしまったフー・ボー監督。
本作には彼の「魂」が込められている。
観る人はその魂の光と闇に魅了される。
どちらに魅了されても、それは同じことなのだ。
自らの不寛容を意識して戒めよう。
人に優しくしたい。
そう心がける。
そんなことを思った。
ともあれ、本作が多くの人の心にさざなみを立てる傑作なことは確かだ。
監督・脚本・編集 フー・ボー
出演 ポン・ユーチャン チャン・ユー ワン・ユーウェン リー・ツォンシー
※234分
© Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen
※11月2日㈯より、シアター・イメージフォーラム他にて順次公開
11月22日㈮から大阪 シネ・リーブル梅田他にてロードショー
《一宮千桃さんの記事一覧はコチラ》
https://www.el-aura.com/writer/ichimiyasentou/?c=26311