自らの中の「怒り」をあぶりだす
怖いけど、面白い、骨太な人間ドラマの傑作!
久しぶりに頭をガツンっと殴られたような作品だった。
人の悪意。世の中の悪意。時代の悪意。まさに人々の「怒り」が充満しているような不穏な現代に、人はいかに愛する人を信じることができるのか?
投げかけられた問いは、私たちを深く貫く。
大抵の人はとまどってしまうばかりだろう。
だからってどうすればいいのか?
劇中の登場人物同様、私たちの心を試されるような骨太な一作だ。
真夏の住宅街で起こった夫婦惨殺事件。現場には血で書かれた「怒」の字が残される。犯人は逃走。整形手術を受け、全国を転々としているらしい。
そして一年後、東京と沖縄と千葉に得体の知れない謎の男がそれぞれ現れる。その男たちに出会い、関わった人々。
犯人はどの男なのか? 愛する人が殺人犯かも? と疑った人々はどうするのか?
驚愕のドラマは悪魔的な面白さで語られ始める……。
沖縄編の広瀬すずの演技に衝撃!
そこに見る自らの暗い心に気づく
一番ショッキングだったのは、沖縄編である。
広瀬すずの迫真の演技に息が止まりそうだった。ひどいこと。酷いことをされてしまう少女の役。アイドル的な人気を誇る彼女がここまで演れるとは、正直驚いた。彼女の女優開眼作だろう。本作で賞を独占することは確実だ。
監督はこのシーンを「心が引き裂かれるんだ」と広瀬に演出したらしいが、観てるこちらも心が引き裂かれた。「止めて!!」と叫びそうだったが、実際は息を詰めてじっと観ていた。そこに、残酷な気持ちがなかったか? 悦びはなかったか? 正直、この原稿を書きながら、「あった」と気づいてしまった……。
本作は、私たちの心に巣くう「悪意」や「疑念」や「エゴ」や「保身」や「冷酷」や「意地の悪さ」をあぶりだす。
私は愛した人が殺人犯だったら、それが分かったらもう一緒には住めないと思う。誰かを殺しておいて、幸せになってはいけない。殺した人の、殺した人の家族への償いは一生必要だろう。
しかし、人はやり直しが効くし、再生は生きているうちは可能だとも思っている。
ぞっとする話にピュアなものを差し込むと
ピュアなものの輝きは増す
東京、沖縄、千葉。三箇所で語られる疑心暗疑な、ある意味ぞっとするドラマ。そこにピュアなものを差し込んでくる手腕。結果、見ごたえたっぷりの傑作に仕上げた監督の技は大したものである。李相日監督。05年の「スクラップ・ヘブン」でインタビューしたことがあるが、そういえばデヴィッド・リンチが好きだと言っていたな。本作にもリンチ的不気味さは出ているようだ。質問への答えは明快な人だったという印象がある。いやあ、すごい映画を撮っちゃったもんである。
自分の中の見たくない部分に気づいてしまう、とっても怖い映画だけど、そういうことに気づいていくということが、生きるってことだと思う。
そう思わせてくれる稀有な一作だった。
【キャスト・スタッフ】
渡辺謙 森山未來 松山ケンイチ 綾野剛
広瀬すず 佐久本宝 ピエール瀧 三浦貴大 高畑充希 原日出子 池脇千鶴
宮﨑あおい 妻夫木聡
原作:吉田修一(「怒り」中央公論新社刊)
監督・脚本 李 相日
音楽:坂本龍一
主題曲:坂本龍一 feat.2CELLOS
(C)2016映画「怒り」製作委員会
2016年9月17日(土)〜全国東宝系にてロードショー
公式サイト:
http://www.ikari-movie.com/
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