この世に生まれた意味とは ~ 人間は、経験するために生まれてきた ~

自分は、何のために生まれてきたのだろうか……その意味を知りたいと願い、自分のこの世の使命について考えている人も多いのではないでしょうか。

肉体を持って生きている存在は、大変貴重な存在

まず知っておきたいことは、この地球に肉体を持って生きているということは、大変貴重なことである……ということです。
人は誰もが必ず肉体の寿命を迎え、肉体から魂が抜け出し、見えない世界へと帰っていきます。

肉体を持って生きている時間は、たかだか100年前後。
そして、肉体を持って生きている人間よりも、亡くなった方も含めて、見えない世界に存在している魂の数の方が、圧倒的に多いのです。

この世の人間から見れば、生きていることが当たり前であり、亡くなった人の方が希少である……と感じがちです。
しかし実際は、「生きている」存在は、大変貴重な存在であるといえるのです。

 

肉体を持って生きることは、さまざまな制約が伴う

肉体を持って生きるということには、さまざまな制約があります。
まずは、肉体を維持するために、食べ続けなければいけません。

そのためには、社会に出て働くなどして、お金を得る必要があります。
また、ケガや病気などで健康を害すれば、大きな苦痛を感じることになります。

人間関係においては、制限された環境の中で接する相手を自由に選ぶことができず、そして相手が考えていることを読み取ることが困難で、さまざまな悩みを抱えることになります。

このように、肉体を持って生きていくということは、さまざまな苦痛を伴う生き方になります。
それに対して、目に見えない世界に存在している魂は、例外を除いては自由であり、気ままでリラックスできている存在であるといえるでしょう。
食べること、働くこと、周りの目を気にすることなど必要なく、ただ好きなように過ごしていればいいのです。

 

人間は、この世に経験するために生まれてきた

では何故、わざわざ苦労をすることを承知の上で、魂は肉体を持ってこの世に生まれてくるのでしょうか。
それはひと言でいえば、「貴重な経験をするため」であるといえます。

前述したように、肉体を持って生きるということは、魂にとって大変貴重な経験となります。
肉体を通して得られた経験は、さまざまな苦痛を伴いながらも、大変貴重な経験として、その魂に刻み込まれるのです。

一説では、生まれる前に自分の生涯の生き方を教えてもらい、その上で納得して、この世への誕生を選ぶといわれています。
どのような苦労を経験し、どのような死に方をするのかさえも、すべて把握してから地球上に生まれ落ちるのです。
そして、その後はその記憶は、すべて消え去ってしまうそうです。

 

死ぬことは、最大の不幸なのか

人間にとって、「死」は最大の悪であるという捉え方が一般的です。
それは、「死」がすべての終わりである、という誤解された認識から生じているにすぎません。
誰もが死ぬのですから、実際に「死」は悪でも不幸でもありません。
ただ、大切な人に先立たれると、残された人間が悲しむ……ということなのでしょう。

誤解を恐れずにいえば、病気や不慮の事故などで若くして亡くなったとしても、それは決して不幸なのではなく、あくまでも「そういう経験をした」ということにすぎないといえます。
そうした経験を通して、もともと存在していた世界に帰っていくだけです。(自死や、死後にこの世に執着してさまよう場合などの、例外もあります。)

災害などに遭って大変な思いをした場合も、それも肉体を持っている上でのひとつの経験として、その魂に刻まれる出来事となるのです。

 

生きていく上で、最も良くないこととは

ですから、人間から見て一般的に不幸だと考えられる出来事は、魂の観点からすると、決して単なる不幸であるとは言い切れません。
経験値が増えるということは、魂の学びが増えるということでもあるからです。

そうしたことから、生きていく上で最も良くないのは、「何も経験をしないこと」であるといえます。
やりたいことがあるのに、失敗を恐れてチャレンジしなかったこと、難しそうなことから逃げ回り、自分の器を広げることができなかったこと……こうした出来事は、死後に後悔することが多いようです。

「人間は、経験するために生まれてきた」……それを念頭に置いて生きていく姿勢を持てば、失敗や恥を恐れることなく、少し難しそうなことにもチャレンジできるのではないでしょうか。

もはや死ぬことすらも、ひとつの大きな経験として、永遠に魂に刻み込まれるのですから。

 

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