新元号によせて 〜 白山大地の「毎日がスピリチュアル」 第五回

対照的な「昭和」と「平成」の時代

第91回、選抜高等学校野球大会が、平成31年3月23日から始まりました。
平成最後の「センバツ」ということで、入場行進曲には、平成を代表する音楽の「世界で一つだけの花」が選ばれました。

「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」という歌詞は、人々に、肩の力を抜いて生きる大切さを教えているような気がします。

思えば、「昭和」は、戦後の復興を遂げた後、さらに一番を目指して頑張った時代といえるでしょう。
「モーレツ社員」などという懐かしい言葉もありました。
そして、経済力では、アメリカに次ぐ二番目にのし上がったのです。

ところが、「平成」は、その反動でしょうか、「ゆとり」と「癒し」の時代でした。
ゆとり教育こそうまくいかなかったようですが、人々は癒しを求めて、様々なブームが生まれました。
「二番ではだめなんですか」という蓮舫議員の言葉が思い出されます。
すると、「一番を目指すから二番に成れるのであって、初めから二番を目指していたら、二番も無理」という反論も聞こえてきました。

確かにそうかもしれません。
しかし、もう無駄な争いはやめようと、「世界に一つだけの花」は、教えています。
もう競争しなくとも、一人ひとりは立派な能力を身に付けることが出来た、平成はそういう「個」の時代です。
まさに「平らけく成る」です。

 

平成の次は何の時代?

平成の次の元号は、この原稿を書いている時点では、まだ発表されていません。
果たして次の時代は、どのようになるのでしょうか。

もちろん、以前に記したように、「もの」より「心」を大切にする時代でしょう。
「共生の時代」という人もいます。

では、共生するにはどうしたらいいのか。
それは「分かち合い」です。
自分の持てる力や能力を惜しみなく提供して、助け合って生きていくということです。

お金のある人は、お金を提供する。
音楽が得意な人は、音楽で人々を癒していく。
勉強ができる人は、教育を担当する。
それぞれが得意分野で社会に貢献するということです。

そうすれば、少子高齢化の時代も乗り切れるはずです。
分かち合えば、だれもが暮らしていけます。
今でも充分にものは足りているのですから。

新しい元号は、「和新」というのは、どうでしょうか。
日本は「和」の国です。
外国からは、「倭」と揶揄されて呼ばれた時代もありましたが、本来は、「和」です。

「ワ」はまた、あいうえお五十音の最後の行です。
「あいうえお」が、母音。
ローマ字で表記するとわかりやすいのですが、子音であるカ行以下の文字には、すべてこの母音が含まれています。
「Ka」「Sa」「Ta」などのようにです。

実は、五十音を私たち人に例え、子音である人間には、すべての文字に神なる母音(神道ではこれを一霊四魂と呼びます)が宿り、カ行、サ行、タ行と順に変わりながら進化を遂げてきたという考え方があります。
そして、今は、ラ行の時代。
ラ行が終われば、いよいよワ行に入ります。

平成の次の時代は、ワ行の時代です。
いや、まだラ形は終わってはいません。
元号は変わってもしばらくの間は、ラ行のままでしょう。
新生児に例えれば、カ行からヤ行までが、お母さんの子宮の中です。

ラ行は、産道です。
ワは、生れ落ちるとき。
産道では、頭を下にして、新世界を目指さなければなりません。
頭を垂れて謙虚にその時を待つ。

そして、へその緒が切れた時、おぎゃーと泣いて、大きく息を吸い込みます。
そのとき、人は、自らの肺で呼吸する新たな生き物となるのです。

 

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