自然の一部として生きる私たち~カナダ、リン・バレー渓谷の「妖精に会える森」~

妖精に会える森があるときいた。
この時期、この地域特有の朝からの雨降りで、雨のなかの渓谷探索となった。
森の案内人は、この渓谷で何度も妖精に出会ったという。森に 近づくにしたがって、雨は細かい霧状の驟雨にと変わった。

ドライブウエイから森の奥に通じるトレイルに入ると、周辺にはいくつかの家々が並んでいる。トレ イルには、Varley trailと記されている。この渓谷を愛した、カナダの代表的な画家たちの” The Group of Seven”のひとり、フレデリック・ヴァーレイの名前で、その家のひとつは彼の住居だったそうだ。彼は渓谷のある森の入り口に居を構え、毎日、このトレ イルを散策し、美しい森の絵を残した。

しだいに細くなっていくトレイルを進んでいくと、雨に洗われて、すべての森の生き物が活性している様子が見てとれた。「老賢者のヒゲ」とよばれているレースのような形状の植物が、樹々の枝からすだれのように下がっている。この植物は雨の多い、原生林だけで成長を続ける。

落雷で上部を失った巨木は苔で覆われ、いまだ堂々と森の一環をになっている。
大蛇のように地をはっている倒木も苔や植物に覆われ、雨でうるおって、緑がよ り一掃際立っている。呼吸をすると、森の緑色に染まった空気が鼻腔に入ってくるようだった。川の流れる音が雨音に混ざってピッチを増して来た。雨雲で暗さ を増しているはずの樹々の隙間から差す空からの光が、急に明るくなり、突然スポットライトが乱舞した。
気まぐれな春の空が急に晴れ間を送ってきたのかと、 上を見上げたが、変わらぬ重い雲がたれこめた空があるばかり。

大シダの葉先が、軽快なダンスをしているかのように雨しずくで跳ねている。
湾曲した樹の幹は その調和の見事さを誇っているし、あたり一面の目に映るものすべてがあまりにも詩的であり、妖精が切り株から芽を出している小さな植物たちに変身している と言われても信じられるような幻惑的な空気感が漂っている。案内人が川に降りる小道へいざなった。

川際には、大きな石があるものは雨に磨かれてぴかぴかと光り、あるものは苔のマントをまとっ て、息づいていた。
流れは早く、透明な水の底をのぞいてみると、川の中には、あらゆる色合いの色石がしきつめられている。ふたたびチカッ、チカッと光が 舞った。雨脚は一層強くなっていた。携帯用の小さな傘から外れて、背負ったバックパックはずぶ濡れになっている。

その時突然、自分が自然の一部として、こ の雨の中に、自然物とおなじように濡れながら、同じ雨音や雨のなかで鳴きかう鳥の声をきいているのだということが、大きな感動とともに押し寄せてきた。こ の川底にひそんでいる色石や、苔に覆われた巨石や、川の水とさえも肩を並べられる自然の一部なのだ。ここに息づいているすべてのものの生の喜びの連鎖が、 伝わってきたのだろうか。

こんなささやかなあたりまえの気づきに涙がこみ上げる。