新年のあいさつに要注意!? 『あいさつおじさん』注意報!!

元日辺りに『年賀あいさつおじさん』が一時的に増殖する可能性があります。出来ればそれを防ぎたいと思い今回久しぶりに「あいさつおじさん」の記事を書いています。
新年のあいさつに要注意!? 『あいさつおじさん』注意報!!

もうすぐ年末年始

師走もいよいよ後半戦です。クリスマスを迎えたらあっという間に年越しです。ちなみに2015年を表す漢字は「安」でした。漢字一文字ではありますが、僕たちの心の奥底に「不安」」が潜んでいたという意味合いが大きいのかなと感じています。不安なく、清々しい気持ちで年越しできたらと誰もが願っていると思います。もちろん僕もそう願っています。

しかし、清々しい気持ちと言うのは残念ながら他力本願では手に入れる事ができません。みんなで手と手を取り合ってこそ手に入れる事が出来る事です。

ということで、一気にスケールが小さな話になりますが、清々しい気持ちで年末年始を過ごすためにも、一緒に『あいさつおじさん』についておさらいしたいと思います。

 

ところで『あいさつおじさん』ってなに?

『あいさつおじさん』って何だろうという方も、多いと思います。どちらかと言えば、知らずにいられた方は、ちょっぴり羨ましいです。

『あいさつおじさん』というのは主にFACEBOOK等のSNSに出没する一部の方々に対する呼称です。簡単に言うと、毎朝「おはようございます! 今日も宜しくお願いします!」と言ったようなテキストをマルチポストしてくる人たちの事です。もしかしたら多くの方が目にした事があるのではないでしょうか。ネットで検索すれば、たくさんヒットすると思うので詳しく知りたい方は、そちらを参照してください。

eef86a70c80883507e0e5244a4663054-e1391314076122

 

何故いまさら『あいさつおじさん』の話をするのか?

『あいさつおじさん』は基本的に『あいさつスパム』が日課になっているので一年中存在します。ただ、もうすぐお正月です。なので、元日辺りに『年賀あいさつおじさん』が一時的に増殖する可能性があるので出来ればそれを防ぎたいと思い記事を書いています。

『あいさつおじさん』にもヴァリエーションが多々あるようです。一昔前に流行った『なめこ』のように種類が豊富です。細かい分類方法があるわけではないのですが新年の『あいさつおじさん』に『年賀』と言う枕詞をつけたのは、新年のあいさつに特化しているからという単純な理由です。

321517772

 

新年のあいさつ

新年のあいさつといえば、年賀状がメインだと思います。最近ではケータイやスマホで年賀メールとして新年のあいさつを済ませる人も多いかもしれません。みんなが一斉に年が明けた瞬間に年賀メールをするのでサーバーがパンクしたりなどという現象も以前はありましたが、最近はどうなのでしょう。

そのような流れから考えるとSNSを愛用している人たちの中には、当然SNSで新年のあいさつをしようと思う方もいらっしゃると思います。もちろん、それは悪い事ではありません。僕もおそらく新年のあいさつをネットですると思います。

ただ、問題なのはあいさつ行為そのものではありません。『あいさつスパム』(誰かが投稿したトピックに、その趣旨とはまったく関係無いあいさつを書きこむ、またはコピペする行為)です。

流石に大晦日から元旦にかけて机にしがみついて『あいさつスパム』する人は少ないと思います。でも、数日経った辺りが危険ではないかなと思います。帰省や親戚づきあいが一段落ついて、日常生活に戻る直前辺りに「そうだ! あいさつしよう!」と思い立って『あいさつおじさん』に変貌されてしまっては悲しすぎます。

『あいさつおじさん』は『リストカット』同様に『伝染』します。原因は不明ですが少なからず影響力が強いようです。誰かが行為をしているのを見ると、「そういうモノ(行為)があるのか!」と感化されてしまい、何故か真似してしまうのです。

新年のあいさつ時期と重なって、普段はごく普通の人だったのに、スパムを目撃してしまって「なるほど! こうやってコピペしてあちこちに貼りつけてあいさつ回りすれば楽でいいや!」と思ってしまったら新年早々不幸すぎます。

334364108

 

そもそもあいさつとは何なのか?

『あいさつおじさん』が、されてあまり嬉しくない行為とされている(※当事者たちはそれが迷惑だという認識は無い)には至ってシンプルな理由があります。

1つ目は、そもそもスパム行為を嬉しいと思えないということです。絨毯爆撃のようにドドドドドと『あいさつスパム』されたら、せっかくのトピックたちの存在価値が薄れてしまいます。

2つ目がとても重要です。そもそも「あいさつとは何なのか?」という事です。『あいさつ』というのは、心と心を通わすコミュニケーションなのです。

今、ふと頭の中に、金子みすずの『こだまでしょうか』という詩が浮かんで来ました。「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう……という、いわゆる、同じ言葉が返ってくる風情を感じる美しい詩です。

では『あいさつおじさん』版で『こだまでしょうか』を一緒に考えてみましょう。

「おはよう」ってコピペ逃げすると、こだましない。
こだましたとしても、そのころ自分は別のところにいるので気付かない。

こういう結果になってしまいます。そこにはもはや風情やロマンもありません。心と心の交流になっていないのです。絨毯爆撃のようにあちこちにスパムの残骸を残すのでインパクトはありますが、それだけです。もう『あいさつ』ですらなく『残骸』になってしまっているのです。これではせっかくの『あいさつ』も、時間と手間の無駄になってしまいます。