積み重ねた因果に必ず向き合わされる「カルマの法則」~それをクリアした先に天職が見つかる!

課題は一人ひとり皆違うので、人の課題についてとやかく言う必要はないことを覚えておいてほしいと願っています。

こうして占い鑑定などをしていると、相談の中で時々こんな言葉を聞くことがあります。
「こんなに苦しまなければならないのは、何かのカルマだからですか? 私、前世でよっぽど悪いことをしてきたんでしょうか」

う~ん……でも、それってちょっと違う気がするんです。
そもそも、カルマって一体どんなものなのでしょうか?
逃れられない悪因縁とか、何かの呪縛のように考えてしまうことが多いかもしれませんが、
実はそんなに忌み嫌うような苦しいものじゃないんじゃないかな、と私は思っています。

例えばこんな話があります。
(霊能師の師匠から聞いた実話ですが、一般的に当てはまるよう内容を若干修正しています)

どんな職に就いても、こらえ性がなくてすぐに仕事を辞めてしまう男性がいました。
口にするのはいつも、会社や上司、同僚に対する不平不満ばかり。
結局、ずっと親のスネをかじって暮らし続けていたそうです。

ところが、もうかなりの年齢になった頃に、
これまで面倒を見てくれていた両親が、突然二人とも事故で亡くなってしまいました。
さあ大変です。今度ばかりは彼も、どんなに嫌でも働かなければ生きてはいけません。

でも、そんな年齢で、ましてやこれまでほとんど働いてこなかったという彼に、
そうそう「いい仕事」なんて見つかるはずもありません。
これまで自分が散々バカにしてきたような職種にしか、応募できる資格がないのです。

そしてやっと見つかった職場は、人間関係すらもこれまでの中で最悪とも言えるところ。
けれど、もう彼には後がないのです。意地でもそこで生きていくしかありません……。

 

カルマとは、原因から導き出された「当然の成り行き」のこと

つまり、こうした当然の成り行き=「原因から導き出された結果」こそがカルマの正体です。
自分自身が日々積み重ねてきた当然の結果として起こること。
自分の行いの責任は、いつかは必ず自分で背負わねばならないのですね。

前述の彼の例で言えば、そうなる前に何度も浮上するチャンスが訪れていたと思います。
新しい仕事に就くたびに以前の自分のあり方に気付き、反省するチャンスがあったはず……
でも、残念ながら、彼はいつもの自己流の論理にずっとしがみついたまま、
全てを人のせいにして、自分自身に潜む問題から目をそらせ続けていたのですね。

そして、積み重ねた問題の種はどんどん重みを増していき、やがて
今まで以上に厄介で解けない“難問”のように大きく膨らんでいってしまいました。

(ここで「彼の行いが悪かったから、罰が当たってご両親が亡くなったのだ」と考えるのは早計です。ご両親の寿命はあらかじめ大筋で決まっていて、このタイミングで帰幽することにより“彼の魂の課題克服”に協力したのだと考えるべきでしょう。この場合、ご家族全員が同じひとつのカルマに関係し合っていたのだと思われます)

 

課題は軽いうちにクリアしてしまった方がいいけれど……

つまりは、カルマって「神様が与えた罰」とか「逃れられない悪因縁」なんかじゃなくて、
私達のごく普通の日常の中で作り出され、積み重ねられていく因果の種だということです。
もちろん、前世から持ち越されてきた課題である場合もありますが、
それさえも何かの罰なのではなく、まさに自分自身が作った因果なのだと言えるでしょう。

現在、生きている人生でそれらを解消できればいいのですが、クリアできないまま天国に還ってしまうと、また別の人生でトライしなければならなくなります。
(あちらの世界では、生まれる前に本人も同意の元でその課題を設定してくるようです)

カルマによって起こる事柄は、そのままカルマを解消するためのチャンスに繋がっています。
そこには「ただ苦しいだけの重荷のようなもの」ばかりでなく、その難問にトライする中から何かをつかみ、より良い方向へと向かうための芽が必ず潜んでいるものです。

さらに言えば、それは魂をこの地上で輝かせるための“使命”にも関係しているんですよ!
ですから頑張って課題をクリアすると、必ずそこから望んでいた素晴らしい流れが開けてくるはずです。

例えば何らかの依存症を克服した人が、やがて同じことで苦しむ人々のための自助グループを運営し、社会貢献の道を進んでいく、といった話を聞いたことはないでしょうか。
もしもその人が依存症に陥った背景に「強い孤独感」や「自己否定」のようなものがあったなら、社会に貢献することで、自身の存在する意味や価値をそこに見出せるようになります。

そして、それこそが「その人の一番欲しかったもの」である場合も少なくないでしょう。
ずっとこだわり続けていたその場所から、ずっと欲しかったものが得られる、と言い替えてもいいと思います。

 

課題は一人ひとり皆違うもの。他者の課題に口出しする必要はない

ただし、ひとつだけ私が声を大にしてお伝えしたいのは、その課題を持っていない人の目から見ると「あの人はどうしていつまでも克服できないのだろう」という風に見えてしまう可能性が高いということです。
課題は一人ひとり皆違うので、人の課題についてとやかく言う必要はないことを覚えておいてほしいと願っています。

大切なのは、それぞれが自分の課題に真剣に向き合うということ、ただその一点のみ。
当の本人は、まさに「人生をかけて」それを克服するために生まれてきているのですから。

ですからどうぞ、目の前にある難問にくじけそうになったときには、
「これをクリアしたら必ず良い展開がやってくる」と信じて頑張っていってくださいね。
タイトルにもある通り、課題を乗り越えた後は、天職(使命)に気づく可能性もグンと高くなるはずです。
それらは天から与えられるというよりも、こうした人生の歩みの中から気づかされ、
自らの手でその扉を開いていくものなのだと思いますよ!

 

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