幸福は得ることよりも、失うことで、計ることが出来ます。
健康と病気の関係に似ています。
私たちは健康なときには、健康であることを差ほど喜ばないでしょうし、健康であることが当たり前と思っています。
健康を失ったときに、健康を取り戻そうと願うのです。
病気は、痛み、苦しさといったように、体に感じることが出来ますが、健康は身体に感じないのです。
幸せも、幸せなときには、感じていないかも知れません。
失ったときに、初めて、辛さや、痛み、苦しみを味わうことによって、自らの日々の意識で「幸せ」を手放していたことに気づくときには、もっと、早くから、幸せを大事にしておけば良かったと思うこともあるでしょう。
もしも、誰かにうらやむ気持ちが湧いてきたときは、相手を認めることです。
心の中では、メラメラと嫉妬心が強くなっていても、「凄いね」「感心するよ」と、意識的に評価する方向で気持ちを調整することで、自然と不平不満は消えていくことになります。
そして、その羨む相手を憧れの対象にすると良いでしょう。
そうすることで、うらやむ気持ちが持つ強いエネルギーは、自分を高めるために使うことが出来るでしょう。
つまり、ライバルがいることで、眠っていた才能を開花させることも出来るでしょう。
人は、あまりにも、かけ離れた人をライバル意識にすることはありません。
自分と似ているような雰囲気を持っている人に対して持つことがあります。
ですから、そのエネルギーを、自分を高めるために使うことが出来るようになれば、やがては、自分自身が、人から憧れる人物になれることになるでしょう。
そして、本当の幸せとは、あなたの心のあり方にあるのです。
心のあり方は、目に見えるものではありません。
あなたにとって、いい心のあり方とは、こういうものだというものだということは示すことができるものでもありません。
「今という時間を精一杯生きることが、幸せである」ということに気づくことが出来れば、あなたの人生は劇的に変わることでしょう。
物質的に恵まれた人と、精神的に満たされた人とどちらの方が幸せでしょうか?
それは、精神的に満たされた人です。
裕福な人の多くは、自分の中にある欲望や気まぐれな望みをすべて叶えるだけの財産があるかも知れません。
しかし、人間というモノは不思議で、お金で手に入るモノよりも、精神的な面で満たされることの方が「生きている」ことを実感出来ます。
宝くじで高額当選した人や、親の遺産が舞い込んで来た人は、大金が入ったときは、大喜びですが、向上心も、意欲もなくなってしまうことがあります。
自堕落な生活になり、性格さえも、傲慢になり、何をして行けば良いのか分からなくなる人もいます。
時間と財を費やしていくだけに過ぎない日課になってしまうこともあります。
お金持ちになったとしても、心のあり様としては、貧しい人よりも幸福感という点では貧しいということでもあるかも知れません。
私たち人間は、死ぬまで、いつも幸せを探し続けているものです。
だからこそ、常に、心が満たされる何かを求めて、努力して行こうという気持ちになれるのです。
そして、やがて気づくときが来ます。
目標や思いに向かって、精一杯に自分のエネルギーを使う時間こそ、実は幸せな時間だったということです。
そして、もっと、明るく幸せな人になるには、努力を惜しまないことです。
ただし、その向かう方向が自己欲だけの理由であれば、真の幸せではないかも知れません。
魂が求める幸せと、体が求める幸せが異なるように、真の幸せを求めているのであれば、必ず、努力は実を結ぶことになるでしょう。
幸福を手に入れるのは、自分の気づきを受け入れることです。
ありがとうございます。
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