娘の小葉(このは)も3歳になりました。
4月から幼児園に行くようになり、新しい世界を体験しています。
体を動かすことを重視した幼児園で大変なのか、休日は少しダラダラモードになったり、赤ちゃんに戻ってしまったかのように甘えん坊になったりと、心のバランスを保っているようです。
慣れ親しんだ環境から、新しい環境に適応しようとする姿は、僕たちに自分の姿を見つめ直す機会を与えてくれます。
ある朝、迎えのバスを待つ間は、
「ママと一緒にいたい。ママとお部屋で遊びたい。」
と、繰り返し囁くようにつぶやきます。
幼児園に行くことを静かに抗う彼女のペースにこちらも寄り添うように合わせていると、静かに決心できたのか、
「このは、幼児園に行く!」とバスにひとりで乗り込んでいきます。
ママから離れ、お姉ちゃんになりたい氣持ちといつまでも赤ちゃんのようでいたいという依存心の中で揺れ動く氣持ちを感じているようです。
時間のゆとりをたっぷりとって、時間に縛られて窮屈な、大人のペースに巻き込まないように氣をつけています。
「バスの時間は決まっているんだよ!」
「急がないと、バスに乗り遅れるから!」
「遅れるとみんなに迷惑がかかるから!」
と親の僕はついつい彼女を諭そうと彼女の怖れを喚起させる言葉を使いそうになります。
数々の遅刻や不義理、言動の不一致や矛盾など、自分のことは棚にあげて注意しようとする自分も滑稽です。
相当、自分もそういった縛りの中で頑張ってきたのだろうと省みることもしばしばです。
なるべく、パパはこう思うのだけど、どうだろう?と押しつけではなく、娘自身で考えられるように話せるように僕自身なりたいと思っています。
僕自身が考える力を放棄せずに、娘と接したいということでしょうか。
彼女も親の事情や周りの状況は分かった上で、自分の心と対話していますから、勝手読みで大人の価値観をぶつけないようにしています。
僕自身、新しい環境に飛び込む時、ゆっくりと自分の心と対話してきました。
慣れ親しんだ場所や人間関係、環境はとても居心地が良いし、そこにいることに幸せを感じます。
しかし、その場所、関係、環境に居続けると何かしらの淀みや停滞感が発生してしまうように思います。
野菜も、同じ作物を同じ場所で続けて栽培し続けると、病気になりやすいし、収穫も悪くなると一般的な農業では言われます。
自然界は変化し続けながら、その美しさを保っています。
自然界の法則は、等しく僕たちにも当てはまるようです。
娘、このはが体験する「慣れ親しんだところから出る」というメッセージは、両親共への新しいチャレンジをしてみる、今までと違うやり方を試す、過去を整理する、というものと受け取りました。
どうしても、僕自身、大人になるにつれ、変化を怖れて既存の方法や慣れ親しんだ人間関係に居心地の良さを感じ、現状維持を好んでしまう傾向が強くなったように思います。
そのことを娘の小葉は憂えて、新しいチャレンジをしてみませんか? わたしもしてみますから、と言っているように感じます。
そして、新しい親子関係ということもこれから学びのひとつになっていきそうです。
寂しいですが、お互いに成長せざるを得ないようです。
そうして、そういった姿勢によって愛が深まっていくように感じます。
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