神さまに一番近い聖山アトスの巡礼を終えて思うこと~天国の街~ウラノポリス PART1

ギリシャの北部のエーゲ海へ突き出した3本のフォークのような半島、その最も東寄りの半島がアトス山。

このアトス山には、大小合わせると20の修道院があり、2000人の修道士が住んでいます。修道院に住んでいる修道士の数は600人ほどにて、自国の電波も持っているらしいです。あと、1400人の修道士たちは洞窟で暮らしたり、正教会から離れた場所に小さな家を建てて貰って暮らしている人もいるそう。
20の修道院をすべて周るには、最低、20日間は掛かるでしょう。しかし、招待されていない場合のビザの発行日数は3日間のビザを発行して頂けるようです。
主人は招待されていたので、1ヶ月のビザを受けていました。
A4サイズの書類にアトス山のビザがスタンプされており、4名の厳かな署名がされています。お見せしたいのですが、個人情報の件もありますので、控えさせて頂きます。日本人女性でウラノポリスに6日間も滞在した人はあまりいないでしょう。

ギリシャ第二の都市、テッサロニキからバスに2時間ほど揺られて海と空が美しい場所に到着しました。世界的に有名なパワースポットのアトス山ですが、残念ながら山を登れるのは男性だけです。アトス山の修道院に行くためには、ウラノポリスに電車、または、バスで行く必要があります。外国人でもビザを発行して貰わないと、アトス山行きの船に乗れません。

一日、受け入れることができる人数は2000人までだそうです。修道院ひとつに対して、100人を受け入れることができるそうです。ただし、お一人1泊にて、次の日は違うところに移動しなければなりません。
行き当たりばったりで、定員オーバーの修道院には泊まることはできません。民間のバス会社がアトスにはあるようで、そのバスに乗って次の修道院に移動する必要があります。修道院は食事付き、小奇麗なお部屋に他の方とシェアーして無料で滞在できるようです。
心づけにて、寄付しても、寄付しなくても構わないようで、多くの男性たちは寄付していなかったよう。写真撮影も禁じられていました。

私はウラノポリスに6泊しました。

ホテルのお部屋から海が見渡せて、鳥たちのさえずりで朝目覚めることが久しぶりに出来る喜びは感動的でした。柔らかい風、甘い味のする水は肌がつるつるになるほどで感動していました。
海岸を歩いても人がおらず、犬とギリシャ人夫婦が泳いでいました。寒いかなと思いつつ、秋物を持参していたのですが、半そでで十分でした。
オフシーズンなので、修道院をボートで見るツアーを予約しようと思っていた日は半袖のTシャツでしたが、「本日、10分後しかボートを出しません」と言われて、「では、チケット2枚」と言って、主人もボートに乗ることになりました。
風がビュービューと吹いていたので、寒く、周りの人たちは冬服に手袋をしていました。
私はかじかむ手で双眼鏡から崖っぷちに聳え立つ(そびえたつ)モナストリーを見ることが出来ました。 あるアトス山は茶色く変色していたので、どうしたのだろう……と思い、主人と話していました。ドイツ語を話すギリシャ人のツアーガイドさんに主人が話しを聞いたところ、2ヶ月前にアトス山入りしたギリシャ人の男性が山に火を点けたことで山火事が発生したそうです。「修道士になりたいので、修道院においてほしい」」と懇願したところ、長老に断られたことがその理由。ヘリコプターで消火にあたったりしたそうですが、6日間燃え続け、その後、不思議なことにその場所だけに雨が6日間降り続けて鎮火されたそうです。
山に火を点けた男性も6日間アトス山に滞在したとのこと。

修道院もギリシャ、キプロス、ロシア、ルーマニア、ウクライナなどの正教会は修道院によって規則等が異なります。最近では、観光客を増やさないように規制しているときもあるそうで、世界中を見渡しても男性だけしか足を踏み入れる聖地は、アトス山のこの辺りだけではないかと思います。

聖山行きの船に乗った男たちがウラノポリスから消え去ると、人と言えば、ギリシャ人のおばあさん、おじいさん、若いギリシャ人の女性は見かけません。
ましてや、アジア人女性は皆無ですね。
ウラノポリスで毎日、ぶらぶらして、ホテルに電話をしてお迎えの車を出して貰っていました。タクシー乗り場はありますが、「村にタクシーは1台しかない」とテッサロニキからバスに乗ったときに、バスの乗務員さん(昔のバスみたい)が言っていました。
ある日、お迎えの車を待っていたら、金髪のおばちゃまに声を掛けられて「どこから来たの?」と聞かれたので、「キプロス」と答えると、「???キプロス?」との反応が。「どこから来たの?」と再度聞かれたので、アジア系の顔でキプロス人ではないだろう……とおばちゃまはきっと思ったのね。「日本から」と言い返すと、「あなた、ヒーラー?」と聞かれたので、「え!」と思いつつ、ニコッと笑顔で。どうやら一緒にお茶したいようでしたが、車が来たので、挨拶してお別れしました。彼女はセルビアからギリシャに来て、日帰りでテッサロニキから来たと言っていました。「ここのエネルギーは最高!」と言っていました。

10月23日に開催した『神さまに一番近い聖山アトスよりの特別遠隔スピリチュアルヒーリング』はアセンションに向けて、次元上昇に繋がるエネルギーを受け取った方々が大勢いらっしゃったのには、驚きました。
また、近いうちに特別遠隔スピリチュアルヒーリングのご感想をご紹介したいと思います。
本当に必然的な巡礼になりました。
テッサロニキのホテルの名前は驚いたことに、セント・ラザロスの所縁らしく、さらに、主人と同行したギリシャ人の名前はラザロス!テッサロニキでは修道院に連れて行って下さったり、ディナーを奥様マリアさんと共に致しました。
もっと、驚いたのは、アトス山の長老パイシオスが眠る場所の、テッサロニキの女性の修道院を訪れることも出来たことです。毎日、観光客は受け入れないそうなので……。

そこで会ったナン(尼さん)のエネルギーが強すぎて驚きました。
修道院の壁画は素晴らしいとしかいえないほど美しい物でした。その壁画もナンたちが描いていると聞いてびっくり!描いているキリスト、マリア、エンジェルたちはエネルギーを感じるものでした。

バチカンのミケランジェロの壁画に近いエネルギーを感じました。
俗世界を離れて、神様だけを信じて生きる生き方……。
神さまのために奉仕して生きる生き方……。
愛を奉仕に変える生き方……。
霊的能力を開花させ、次の階段を昇ることで自由になれる……。

~つづく~

アトス山と聖母マリアさまの関係:
アトス山が聖山になったのは紀元49年のこと。エルサレム(イスラエル)で隠匿生活をお送りしていた聖母マリアさまがキプロス島(わたしがいる国ですね)に住んでいたセント・ラザロス(聖者、キリストが生き返らせた死者)から「死ぬ前にもう一度お会いしたい」という手紙を受け取り、キプロス島へ向かったところ、船長が誤ってこの半島に漂着したという説があります。聖母マリアさまは、「この地はわたしの庭(ガーデン)」と言ったそうです。

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