カリフォルニア イヤシロチvol.2

かがやく海と緑の大地、カリフォルニア。人々はその豊かな自然に魅了され、そこに自分たちの思いを重ねて、さまざまな“イヤシロチ”をつくってきました。そんな癒しスポットをLA在住のライターがご案内。第2回はメルローズ・アベニューで41年操業し、このほど店を閉じることとなったスピリチュアル専門書店をご紹介します。

■第2回東西の叡智が詰まった聖なる書店「ボーディツリー」

愛と調和“かけこみ寺”

オープンカフェや高級ブティックが軒を並べるメルローズ・アベニュー。そのにぎやかな一角に建っているのが、1970年に創業したスピリチュアル系書籍の専門店「ボーディツリー」です。80年代に女優のシャーリー・マクレーンがこの店を訪ね、精神世界に目覚めたというエピソードでご存知の方も多いかもしれません。スパニッシュスタイルの建物は1920年代築の一軒家を改装したもので、裏庭には立派なボーディツリー(インド菩提樹)が枝を広げています。ゴーダマ・ブッダがその木の下で悟りを開いたと言われるこの木は、まさに店の象徴としてふさわしいものです。 「私たちが種から育てたんですよ」。オーナーの1人、フィル・トンプソンさんが樹をなでながら、懐かしそうに語ります。ですが、その優しい笑顔はすぐに消えてしまいました。「もうじき店ともこの木ともお別れなのでね」。

実はこのほど、フィルさんとパートナーのスタン・マドソンさんは、41年守り続けてきた店をたたむことに決めたのです。その理由は経営難。スピリチュアル系の本が一般書店でも取り扱われるようになり、どんな本もオンラインで簡単に入手できるようになったためです。大型書店店でさえ苦戦しているご時世、界隈のシンボルであり続けた老舗店も、時代の流れにはかなわなかったと言うしかありません。

時は60年代後半。20代だったフィルさんとスタンさんは、共にサンタモニカにある軍用機メーカーのダグラス・エアクラフトで技術士として働いていました。ベトナム戦争が激化する中、世に矛盾を感じた2人は、本当になすべきことは何かを求め、ロサンゼルスの禅センターで瞑想を学び、菜食主義に転向し、精神世界の本を読み漁ります。

「当時はそういった本が買える店が身近になかったんですよ」。そこで彼らは、自分たちの手で本屋を始めることに。静かな住宅地に過ぎなかったこの通りの家屋を改造し、店を開きます。ビートニクス、フラワーチルドレン、ヒッピーに象徴される70年代。彼ら同様、愛と調和、叡智を求める若者たちに支持されて店は繁盛し、8年目には古本とハーブを扱う別棟も加えました。

店と共に成長してきた大きな菩提樹。秋にはイチジクの実がなるという。閉店後この木の運命が気がかり

 

 

足の向くまま、心の向くまま本を探す。温もりのある木の本棚もフィルさンたちの手作り

チベットの旗やクリスタル、ウィンドチャムや聖者のプロマイドなどのグッズも豊富

 

■新たな時代に向けて、繁栄と終末、そして再生

「83年のある日曜の午後、シャーリー・マクレーンが店を訪ねてきて。店にいた私が対応し、エドガー・ケイシーの本を勧めました」。そして、彼女が自らの精神世界への目覚めを綴った『アウト・オン・ア・リム』の中でボーディツリーを紹介したことから、店はさらに広く知れ渡ります。今は22名というスタッフの数も全盛期には100人だったと言いますから、ここがいかに“スピリチュアルのメッカ”として栄えていたことが想像できるでしょう。

94年には隣接する建物を買い取り、イベントホールとして活用。『神々の指紋』のグラハム・ハンコック氏や、『聖なる予言』のジェームズ・レッドフィールド氏など、ベストセラー著者を招いたセミナーも多数開催してきました。店内は一見迷路のように入り組んでいますが、手作りの本棚にはジャンルごとに分けられた書籍が並んでいます。キリスト教から仏教、禅の教えやネイティブ・アメリカンの言葉、UFOやホメオパシー…。数歩歩いただけで、どんな世界にも入っていける不思議空間。もちろん、知識豊富なスタッフが一緒に探してくれますが、フィルさんは実際に本を手に取ってみることを勧めます。「何でもデジタルの世の中ですが、自分の触覚で感じ取ることの大切さを忘れてほしくありません。思いがけない本との“出会い”が人生を変えるかもしれないのですから」。政治家や宗教家、会社経営者やエンタメ業界人、2世代にわたって足を運ぶ顧客もいたそうです。「生き方を変えてくれた」「本当の自分を見つけることができた」と感謝されることが何よりもうれしかったとフィルさんは目を細めます。

しかし、オーナーのおふたりももう70代。休みなく店を切り盛りする生活から、そろそろリタイアしていい時期なのかもしれません。「私の人生はこの店を中心に回っていましたからね」と寂しそうなフィルさんですが、この店を訪れた人たちは、あの菩提樹の下で傷ついた羽を休めて、みな元気に飛び立っているはず。そして、これからも間違いなく真実を求めて魂の旅を続けているはずです。

最近、うれしいニュースが届きました。彼らのビジネスは3万5千部の蔵書、5万点の商品とともに、彼らと同じ志を持つ2人の女性に引き継がれることになったそうです。移転先など詳細は未定ですが、女性たちによるボーディツリーの再生を楽しみに待ちたいと思います。

 

「今は立派な菩提樹ですが、ご近所さんにもらった種を最初はコーヒー缶の中で育てたんですよ」とフィルさん

 

「ご自由にどうぞ」。本棚の棚には温かいハーブティがさりげなく供されている

 

入口付近の壁にはめこまれた色鮮やかなステンドグラス。曼荼羅のような模様が印象的

 

スピリチュアル系の古本を扱う別棟にはハーブとスパイスを量り売りするセッションも

 

母屋の書店に隣接するミーティングルームでは、サイキックリィーディングも随時提供