ココロセラピストが語る!『正しい自己表現』とは? —自己表現とクレーマー—

どんな未来に進めば、最良の結果を得られるか。それを意識していれば、言葉も立ち振る舞いも、習慣も変わって来ます。そして、それこそ素直な人間になれるのです。
ココロセラピストが語る!『正しい自己表現』とは? —自己表現とクレーマー—

僕の願いとは?

僕の願いは、人類(に限った事ではありません)が、心病まずに健やかに暮らせるようになることです。そうすれば、戦争も自然と減り、無くなるかもしれません。誰かが誰かを必要以上に困らせる事も無くなるかもしれません。僕に限らず、世の中には数え切れないほどの人間が住んでいて、多くの人たちが本心では同じような事を願っているのではないかと思っています。

 

みんなが仲良しというのは現実的にありえない?

生きていく上で必要なのは協調性かもしれません。しかし、みんながみんな必ずしも仲良しで息投合出来るかと言えば、決してそんなことはありません。
それは幼稚園時代に遡って考えてもすぐにわかると思います。同じクラスになった子供たちが、みんな仲良しかと言うと必ずしもそうではありません。

幼くして派閥なるものを知ります。イジメっ子もいれば、イジメられっ子もいると思います。友達が出来ない子もいれば、それこそモテモテの子もいると思います。
そんな中で、人間というのは多種多様であり、万人が同じ考えで行動しているわけではなく、必ずしもみんな仲良しというわけでもなく、複雑な何かが絡み合って生きている。だからこそコミュニケーション能力が必要なのではないだろうかと、徐々に学習して行きます。

だからこそ、集団にはリーダーがいて、ルールがあり、統率があるのだと体験を通して学んでいきます。
それこそ幼稚園もそうですし、小学校から大学まで同じですが、リーダーは先生です。横並びに嫌いな人がいるかどうかも大問題ですが、それ以前に基本は先生に怒られるような事をしない事が大事です。
家に帰ればリーダーはお父さん、またはお母さんです。とにかく世の中と言うのは平等だなんだと言っているけれど、人間が2人以上集まると、支配する側とされる側に別れるようです。

「なんで、この人、こんなに威張っているんだろう?」と子供でも威張っている人を見ると不快に感じます。

だからといって、世の中からリーダーなる存在が消えたらどうなるかと考えると、これもまた難しい話になってきます。
混沌過ぎて、それこそ、協調性どころか右も左も敵だらけという事になってしまいかねません。
つまり、やっぱり無条件でみんな仲良しということは基本的にはないわけです。

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意見を言えるリーダーはステキ!

世の中にリーダーなる人たちがいるのは頼もしい事です。カリスマがあり、統率力があり、集団をまとめられて、リスクを減らしていける存在。威張っているように思われる事はあっても、みんなの事を一生懸命考えてくれている存在。

世の中には考えが浅はかな人も多いです。頭は良くても自分の考えを言葉にして表現できない人もいれば、人と話をするのが苦手な人もいます。
自分の考えをきちんと恐れず言える人は、やはりステキです。僕も、偉そうに文章を書いたり、お話をしたりしていますが、本音を言えばいつもビクビクしています。人って何か言うとすぐに叩く人、いますから。恐いじゃないですか。でも、考えって、想いって伝えなければ伝わらないのです。

自分の想いをきちんと伝えられて支持率を得られる人。そう言う人を僕たちはリーダーとして認識します。