ココロセラピストが雑談!『ナマエに関するエトセトラ』とは?~特に人名は重要~

名前というのは、その人を示す重要な役割を持っています。名前と言うのはアイデンティティそのものなのです。名前の持つパワーは本当に強いです。『言霊』の中でも特に名前は強い力を持っているのです。
ココロセラピストが雑談!『ナマエに関するエトセトラ』とは?~特に人名は重要~

名前の無い世界?

モノには名前があります。

当たり前と思うかもしれませんが、言語が存在しなかった時代は名前なんてありませんでした。もしも地球に人間が存在しなかったら、余程特殊な生態系の進化でもない限り言語は発達しなかったと思います。そうなると、地球のあらゆるモノには名前がないという可能性もあったわけです。

名前の存在しない世界。
そんな、ちょっとしたSFのネタにもなりそうですね。

 

僕の名前はドキュンなの!?

名前で一番身近なモノと言えば、やはり自分の名前です。なので、まずは自分の名前にまつわるお話をしたいと思います。

僕の名前は『達巳』と言います。基本的に本名で生活しています。状況に応じて『TATSUMI』と名乗っています。気取っているわけではありません←わらうところ。

アルファベット表記にする理由はミュージシャン風でオシャレだからとか、そういう意味合いは特にありません。『たつみ』でも『タツミ』でも良いのですが、アルファベット表記ならワールドワイドで便利かなくらいの軽い気持ちです。

漢字には意味があるものも多いです。なので、アルファベット表記にすることで名前に込められた意味合いが薄れてしまうという問題もなくはありません。では、そもそも何故表音文字で名乗っているかというと、漢字だと間違えられる事が多いからです。

『達』という漢字の真ん中は「土」+「羊」です。しかし、「土」+「幸」と勘違いされることが多いです。幸せな人と思って貰えるのは非常に嬉しいです。実際幸せに生きていると思っていますが、残念ながら名前は「幸」ではなく「土」+「羊」なのです←わらうところ。
最近は手書きの方が減って来たので、流石にPCやワープロで「達」を間違える方は減りました。

次に、どちらかと言えば、こちらが重要です。それは『巳』です。ちなみに巳年なので『達巳』という名前にしたそうです。理由はわからないのですが、何故かたくさんの方に『己』と勘違いされます。指摘しても間違える方も少なくありません。世の中にはそんなに『達己』さんが多いのか、気になるところです。

学生時代には中国語の先生に「その漢字は『已』『己』『巳』のどれ?」と聞かれた事もあるくらいです。流石に『已』と間違える方は今のところ、出会った事はありませんが、とにかくそれほどまでにややこしい漢字のようです。ちなみに『已』という文字は国語の授業で『已然形』という文法の専門用語を習ったと思うのですが、それ以外で見た事は無いと思います。ここまで来ると、次は『日』とか間違える人、出てきそうな勢いですね。

せっかくなのでトリビアを1つ。『已己巳己』という四字熟語、読めますか。正解は「いこみき」です。この熟語を知っている方は、おそらく僕の名前は間違えないと思います。でも、こんな熟語マニアック過ぎて誰も知りませんよね。意味は、簡単に言うと「見分けられないくらい似てるよね!」ということです。そのような熟語が存在しているので「間違えられても仕方無いんじゃない?」と言われても反論できないのが辛いところです。

そんなわけでキリがないので、時々アルファベットで『TATSUMI』と名乗っています。でも、これはこれで『TSUNAMI(津波)』さんとか、勘違いされる事もあるので、どっちに転んでも僕の名前は難しいようです。さすがに固有名詞に『津波』ってつけないと思いますが……。特に今のご時世では自主規制した方が良いくらいのイメージの悪い言葉ですからね。

 

自分の名前はアイデンティティ!

それほど難しい漢字では無いのにも関わらず名前を間違えられるわけですので最近流行っている『ドキュンネーム』の人は本当に辛いと思います。
僕はかろうじてドキュンではないと自分では思っているので改名したいとか、それほどまでに困っているわけではありません。ただ、あからさまに誰にも読めないような強引な当て字の方には心から同情します。

名前というのは、その人を示す重要な役割を持っています。つまり、名前と言うのはアイデンティティそのものなのです。だから、自分の子供に名前をつける時は、そういうことも十分に考慮して欲しいと思います。

たかだか数文字の記号に過ぎないと思うかもしれませんが、名前の持つパワーは本当に強いです。『言霊』の中でも特に名前は強い力を持っています。だから、名前はあまり間違えない方が良いです。

名前を間違えてしまう事は誰しもあることです。しかし、頻繁過ぎると流石にストレスを感じてきます。その都度、指摘したり説明したりしなければならないと思うと、うんざりして来ます。開き直って間違われても黙っていれば済むかというと、そうでもありません。重要書類等で名前を間違えられて放置しておくと、とんでもない目に遭いかねません。

 

名前で人生の質が変わる?

心の傷とかトラウマというと、イジメとか事故とか失恋とかを真っ先に頭に浮かべると思います。確かに、それらもかなり重要な問題ではあります。でも、名前が生きづらさにつながって心の傷になったりする人も少なからず存在するのです。

名前に使われている漢字がカッコ良すぎたり、深い意味があり過ぎたりすると、プレッシャーに感じてしまう方も時々いるようです。カッコ良い漢字の名前なんて素敵ですし、とても良いと思うのですが何故か『名前負け』して、事あるごとに、自分の名前を思い出しては凹んで立ち直れなくなる方が実際にいます。ドキュンでも何でもないのに関わらず。

誰かに余計なことを言われたのか、自分でマイナスの付加価値をつけてしまったのかはわかりませんが、自分の名前で人生の質を落として負の暗示効果を植え付けてしまうのは見過ごせません。

「良い名前じゃない?わざわざ自分の名前を悪く解釈する必要無いよ!どんまい!」と言いたくなってしまいますが、その手の方と出会った時は、本人は深刻なので、くれぐれも軽く流さず気をつけてください。何らかの心の闇が自分の名前を通してHELP信号を出している可能性もあります。何か異変を感じたら、カウンセリングを勧めてあげるのも良いと思います。蛇足ですが、それは薬物療法で、どうこうなる問題では無いと思います。

 

名前は大切に!

もっとも僕は自分の名前を悪く思っていませんし、今では「僕は『巳』という漢字を世に浸透させる使命を持っているんだ!」くらいに思っているので自分の名前を楽しめています。

繰り返しますが、名前と言うのは自分自身そのものです。アイデンティティです。

だから、余程変な名前を付けられた方やどうしても受け入れられない名前の方は別ですが、それ以外の方は、出来るだけ自分の名前を大切にしてあげてください。自分の名前に否定的な想いがあると言う事は、ある意味で自己否定しているとも言えます。

逆に、自分の名前を大切にするということは自分自身を大切にすると言う意味でもあります。幸せは自分を大切にしない人にはやって来ません。そして、他人を大切にしない人にもやって来ません。だからこそ、自分の名前も、他人の名前も、もっと尊重してあげると、もっと幸せになれるかな……なんて思うのでした。

 

前回の記事はコチラ:
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