『幸せになるタイプとならないタイプ。分かれ道は?』 ~正しいことを、正しいと言うことは本当に正しいですか?~

相手の悪いところを見つけて、正義感を振り回す人たち……そのまま行くと“魔”に飲み込まれ「阿修羅」になるかも!?
『幸せになるタイプとならないタイプ。分かれ道は?』 ~正しいことを、正しいと言うことは本当に正しいですか?~

皆様こんにちは、鑑定師の真理です。新年度も、始まり、新しい生活に少しは慣れてきましたでしょうか?
でも慣れてくると、周りの人達の良いところより、悪いところが、目についてしまう。と、いうのが人間の性でもありますよね。良くない良くないと、思いながらも、「あの人苦手だなぁ…」と、思ったりしてしまうものです。
それは、皆あって良い気持ちだと思います。[人間だもの]ですね。
でも、容赦なく相手を否定して苦しくなったら、自分が、可哀想だと思いませんか? 正しい事はどこまでも正しいのでしょうか? 正しければ、夜中に煮えくり返る思いを持っても良いのでしょ うか? 正しいと、言うことについて少しだけ考えて見ましょう。

 

Type that do not become happy type. The fork?

●気持ちが楽な人付き合いの場合

先ずお伝えしたいのが、「相手は自分ではない」と、言うことです。でもその事を、認識していると、心はとても楽チンです。何故なら、「私は私」が、あるからです。
ここで強調したいのは、自己を認めているという事です。自己を認めているからこそ、相手の意見や態度が許せるのです。
それと並んで重要なのは、「自分も、見知らぬ誰かに迷惑をかけているかも知れない」事を、解っている事です。
自分が、就職出来たという事は、誰かが落ちたのです。
自分が、電車やバスに乗ったら、そのぶん窮屈にしているのです。
そこを解っているので、「人に迷惑をかけるな!」も、大切ですが、
「人の迷惑を耐え忍ぼう」と、思えるのです。
この姿勢を仏教では
「忍辱(ニンニク)」 と、言います。
お互いに大変。そこを思いやれば、少しだけ楽になります。正しい事は、確かにどこまでも正しいのでしょう。しかし私達は神仏ではありません、まだまだ修行中の身です、お互いに迷惑を掛け合って、お互いに少しずつ成長中なのです。
そう理解していると、人付き合いは、ぐっと楽になります。せっかく出会えた、私達。お互いに思いやりをもって、心が、穏やかにお過ごしになられれば。
そうお祈りしております。

 

●人付き合いが、辛い場合

悲しいことに、心ない言葉を口にする方も、この世には居ますね。本当に悲しい事です。
でも、その方は、同じ失敗を繰返してしまうでしょう。
周りの人達の悪いところばかり、あげ連ねて信用を失い、人脈も、失って行くのです。相手の悪いところを、見つけて正義感を、振り回す人は、疲れないのでしょうか?
正しければ人を非難や攻撃してもいいのでしょうか?
そういう方は
「阿修羅」に、なっています。
阿修羅は、元々は正義の神でしたが、己の正義感に、こだわりすぎ魔類にされてしまいました。
相手の事をあげつらねて正義を振りかざし、相手の心を傷つける。これは立派なです。
たとえ自分が、正しくても、相手に思いやりをもって接する事です。
怒りは消えないでしょう、そんな事は、不可能ですが、自分を、魔類にしておいては、いけません。
早く人間に、戻る必要があります。相手に優しい言葉をかけてあげましょう。だんだんと自分の心も、落ち着いてきます。怒りは悲しい事です。
接する方に思いやりをもって、魔類ではなく人間として、周りの人達と、関わりを、持てれば心穏やかにお過ごしになれると思います。また、非難されても、落ち込まない事です、相手は魔類なのですから、気にかけてはいけません。
怒りの連鎖を生み出す事のないように、日々精進してこの世の楽しみを、沢山沢山探して行きましょう。

真理先生所属占いサイト/みらい
http://www.i-mirai.co.jp/