『養生アルカディア 凝りを巡る哲学的考察とセルフケアについて』vol.1

ヒト細胞は毎秒1000万個もの細胞が寿命を終えてアポトーシスすることで、また毎秒1000万個もの新たな細胞が生み出されてリモデリングされています。
『養生アルカディア  凝りを巡る哲学的考察とセルフケアについて』vol.1

トリニティウェブ読者の皆様、初めまして。

このたび御縁を頂いて連載を担当することになりました鍼灸指圧師の今村光臣と申します。

わたしの鍼灸師としてのキャリアは23 年間になります。これまでのあいだ様々な訴えを持つ患者さんの身体を触ってまいりました。

この実際の現場の鍼灸指圧医療における臨床経験から悟得した命のありように関して、これから少しづつ語らせてもらいます。

どうぞお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。

「体壁筋肉系に発生するいわゆる『凝り』とはなにか?その2つの分類について」

読者の皆様は「凝り」というものについて、どのようなイメージをお持ちですか?

よくあるイメージとしては短距離走などを走った後に起こる筋肉痛と同じようなものとして、「凝り」はイメージされると思います。

ちまたでよく聞く「凝りは乳酸の蓄積である」というアレです。

しかし短距離走を走ったわけでもないのに、肩や首や腰など身体の様々な部位に「凝り」が生じるのを少し不思議に思いませんか?

そうなのです。実は「凝り」とひとくちに言っても、その内容は実に幅広いのです。

つまり決して「凝り」はそれほど単純な病理現象ではありません。

さてでは、わたしが鍼灸指圧の実際の臨床現場において患者さんのどんな「凝り」に着目して治療をしているかというと、

それはズバリ「活きた凝り」なのです!

えっ、「活きた凝り」?   ですって!

それじゃあ「死んだ凝り」もあるの?

と即座に思った読者の皆様、ご名答です。

はい、確かに「死んだ凝り」もあるのです。

この「活きた凝り」や「死んだ凝り」に関わる「凝りの生死判定」などという独特なターミノロジー(表現語彙)は実は私が独自に発明した創発キーワードなので、恐らくは初めていま耳にされたこちら読者の皆様は、いったい何のことかわからずに面食らってしまいますよね。

ということで、これからのこの連載において、あなたの「凝り」は「活きた凝り or 死んだ凝り?」の「凝りの2つの分類について」や、凝りに関する分子レベルの分析やメンタルとの関わりなどの諸々、特に「活きた凝り」の秘めたる優れたパワースポットな魅力についてなど、回を重ねつつ哲学的に考察していきます。

「苦しみのない幸福な一生を送るなかで死を見つめることの意義」

17世紀ヨーロッパ美術は一般にバロック美術と呼ばれ、バロックとはポルトガル語で歪んだ真珠を意味する「バローコ」に由来する。

もともとはバロック美術という言葉は規則を外れた風変わりな美術という意味で、軽蔑的な意味合いをもって使用された言葉であった。

このバロック期のフランスの古典主義絵画の創始者とされるのが「画家哲学者」と称賛されたニコラ・プッサン(1594~1665)であり、彼の代表作として「アルカディアの牧人たち」はとても有名である。

アルカディアとは古代文学に登場する理想郷のことで、そこに住む人々は苦しみのない幸福な一生を送るとされた。

美しい森や平野が広がる理想郷を背に、画中の4人の羊飼いたちはなぜか死の象徴である石棺の前にたたずみ、そこに刻まれた銘文を指差し、見つめ、物思いにふけっている。

銘文には「 Et In Arcadia Ego 」とラテン語で刻まれており、直訳すると「我またアルカディアに在り」とされるが、実際にはこの「我」とは石棺に象徴される「死」を意味し、「死はアルカディアにさえ存在する」となる。

銘文を見つめ指差し手でなぞって読む3人の男性の牧人たちの困惑動揺の思惟のベクトルを引き取るは、画中右側に配置された登場人物のうちの唯一の女性であり、少し物憂げにうつむく彼女のまなざしは、幸福な理想郷にあってさえ死を意識して生きることの大切さを訴えているようでとても興味深い。

本シリーズのタイトルは、このニコラ・プッサンの傑作とされる「アルカディアの牧人たち」の画想にヒントを得て「養生アルカディア」と命名いたしました。

「アポトーシスとはギリシャ語で枯れ葉が木から落ちるという意味」

ヒト細胞は毎秒1000万個もの細胞が寿命を終えてアポトーシスすることで、また毎秒1000万個もの新たな細胞が生み出されてリモデリングされている。

新しい細胞が次々に分裂し新たな細胞の命が生み出される健康な状態を理想郷と捉えるなら、確かに身体アルカディアには常にアポトーシスという「死」が隣り合わせに存在している。

やはり「死はアルカディアにさえ存在する」のです。

ヒトの体壁筋肉系に発生するいわゆる『凝り』の中にも「活きた凝り」と「死んだ凝り」の生死が同居している。

仏教では生死一如(しょうじいちにょ)という。

健康で幸福な一生を送る理想郷にあっても、なんぴともいつか訪れる全細胞が落葉する転帰、個体まるごとの死を逃れることはできない。

しかしいつか全細胞のアポトーシスが訪れるからこそ、ヒトは活力ある健康な一生を送るため、毎秒の養生セルフケアに励むのです。

病気を未然に防ぐ養生セルフケアは、生の終局地点である死を見つめるからこそ、より真剣なリアリティーを伴った実践となる。

「常に本物のコンテンツを追及し、真の癒しを求めるスピリチュアルな皆様へ向けて」

本連載シリーズにおきましては、「凝り」を触り続けて23年間の治療師人生の軌跡をトレースし、命を哲学的に考察するとともに、臨床現場から落とし込まれた実践的な養生セルフケアのアドバイスも随時公開していく予定です。

本シリーズを読み進めることで、読者の皆様の身体観がグルーミングされ、その肩先に素敵な養生スピリチュアルガイドの天使が舞い降りるような、そんな希望と安心感が持てるコンテンツを目指します。

パワースポットである「活きた凝り」の秘密もきっと見つかるはずです。

さあいよいよ、吹く風も心地いい養生アルカディアへ出発します!