心理セラピストが語る!「コミュニケーション能力育成を軽視してコミュニケーション能力を求める矛盾」とは?

心理セラピストが語る!「コミュニケーション能力育成を軽視してコミュニケーション能力を求める矛盾」とは?

近年目立つ「コミュニケーション能力」の低下

生きて行く上で、超重要事項にコミュニケーション能力が挙げられます。空気が読めない人が増えている(?)ことから考えても、このまま行くとこの国は恐ろしい未来に向かってしまいそうです。
会社務めの方などは思うかもしれませんが、「使えない社員」というのは必ずしも能力の問題ではなく、コミュニケーション能力がやっぱり低いと思いませんか。一から十まで指示を出さなければ動けない社員や、勝手な事ばかりして報告も相談も一切してこない社員とかです。

必ずしも上司の考えが正しいとは限りませんし、必ずしも言う事を聞かなければならないということも無いと思うのですが、それならそれで、そんな時こそコミュニケーション能力が求められます。上司の考えや気持ちを理解しようとしつつ、きちんと喧嘩腰にならず、自分の意見や気持ちを伝えることが出来る。そうすれば、若干時間はかかっても無用な争いにはならないと思います。

もちろん上司が「お前はそんな事もわからないのか!」とか「お前は考え方が腐っている!」とかそういう態度しか取れない人であれば論外なのは言うまでもありません。「ここは学校じゃないんだ!」という気持ちもわからなくはありませんが、会社には教育的側面が求められている事もまた事実です。

双方のコミュニケーション能力が低いと、当然生産性は下がりますし収益にも影響します。離職率も上がるかもしれませんし、最悪、醜い戦いが繰り広げられるかもしれません。

新しい人員を育てている時間も余裕も無いし、「即戦力求む!」という求人を出すしか無いと思い込んでいる管理職も少なくないのではないでしょうか。何故、こんな事態が多発してしまうのでしょうか。

家族はコミュニケーション能力を育てる原点

たとえばビジネス系になってしまいましたが、話を家庭に移します。最近は核家族化が進んでいる事やビジネスの多様化等で家族団欒の時間が減っている気がします。これこそがコミュニケーション能力低下の最大の原因だと思うのです。国民的アニメ『サ○エさん』をイメージして下さい。あのアニメが何故何時まで経っても打ち切りにならないか。ここに私たち日本人の潜在的願望が隠されているのではないかと思います。

家族の仲が良いのです。仲が良いというのはじゃれあうとかそういう事では無くて、お互いがお互いの立場を理解しつつお互いに想い遣っているという点です。物理的問題だけではなく「帰る場所」がきちんと確保されているという点は非常に大きいです。家は寝るために存在しているのではないのです。

彼らは一緒に食事をします。ここが特に重要です。家族というのは社会の最小限の単位です。人間はここでコミュニケーション能力を育てるのです。子供からしたら父母は権威の象徴です。一方親からすると子供は育てるべき対象なのです。従来僕たちは、家族の中で役割や立場、立ち振る舞いやマナーを学んできたのです。そして連帯感や協調性を身につけて成長するのです。もちろん例外もありますが一般論としてです。

たとえば、お父さんやお母さんが「私は仕事で忙しいんだ!」と子供を学校や塾やその他施設に押しつけたり、或いは放置したりしたら、子供は本当の意味での心の拠り処を失ってしまいます。無償の愛も学びにくくなります。深い人間関係が無いので、何処かで「他所様」(よそさま)意識が生まれて来ても仕方ありません。

考えてみて下さい。「私は仕事で忙しいんだ!」と最前提となるコミュニケーション教育の場を与えられなかった子供のコミュニケーション能力が高くなると思いますか。「最近の若いヤツらはさっぱりわからん」と不満を言いたくなると思いますが、それは当たり前なのです。だって、「忙しい」を理由に若い人(我が子)と正面から向かい合ってこなかったわけですから。「人間関係は自分で磨いて行くものだ!」という意見もありますが、それは家族関係という環境で、失敗したり叱られたりしながら基礎を固めて行くのであって、そういう環境さえ奪われた子が急に社会性を学ぼうと思うはずもありません。

現代人はビジネスやお金に少々比重を置きすぎている気がします。確かにビジネスもお金も大事ですが、ビジネスやお金が、そもそも何のために必要なのか、という原点に立ち返ることが、結果的にコミュニケーション能力の高い、それこそ生産性の高い人材を育成が出来るのではないかと思うのです。

もちろん、それが簡単ではないことは百も承知です。しかしこれを見て見ぬフリを続けてはならないこともまた事実なのです。