エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育て PART.29~赤ちゃんのネンネの不思議その2・寝ていても分かるよ(寛子編)

エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育て PART.29~赤ちゃんのネンネの不思議その2・寝ていても分かるよ(寛子編)

赤ちゃんの睡眠は不思議がいっぱい!

赤ちゃんが寝ている間に、あれもこれも済ませておこう!

ママの存在が絶対である赤ちゃんのお世話中心の生活になると、どうしてもそれまで通りには進まない家事や雑用がたまってきてしまいます。また、一人の趣味の時間もなかなか持てません。

お布団でスヤスヤとよく眠っている赤ちゃんをみて「今がチャンス」とばかりに、そーっとそーっと静かに起こさないように、他の部屋で何かを始めるとしばらくして。

「ほぎゃー」

向こうからママを呼ぶ声が聞こえてくる・・・

生まれて間もない赤ちゃんは、眠りが浅く目覚めやすいという特徴を前回ご紹介しました。

娘の小葉(このは)は早くから夜よく寝てくれるようになりましたが、一方で日中のネンネは眠りが浅く目覚めやすいので、眠っている間に何かするということは至難の業でした。
しかしずっと抱っこしていたりくっついていると、安心して眠っています。

先日生後10ヶ月になり以前より眠りも深くなってきましたが、今でも赤ちゃんの睡眠は大人から見ると不思議なことが多いです。

前回紹介した、寝かしつけて布団に寝かせると起きてしまう「背中のスイッチ」もあります。さらに、寝ていてもママが何をしているか察知していたり、大人の会話をちゃんと聞いていたりということを実感する機会がたくさんあるのです。

寝ていても分かるよ

生後2ヶ月の頃の話です。
授乳が終わると、スヤスヤと腕の中で眠ってしまいました。
ちょうど実家にいて、私の母と「気持ちよさそうに寝ちゃったね」なんて話していました。

安心しきって口を半開きにして寝ている姿に、二人で微笑みながら「口開けてるね~」なんて見ていたら、娘は寝たままでしたが口をキュッと閉じたのです。

「あれ、聞こえていたの?」

先日は確定申告のために、夜の寝かしつけが終わってから帳簿入力をしていました。
すぐ様子を見られるように、寝室からふすま1枚隔てた場所で作業をしていたのですが、良く眠っているはずなのに悲鳴のような声が聞こえます。

「起きちゃったかな?!」

ドキドキしながらそっとふすまを開けると、先ほどと変わらない姿勢でよく眠っています。
明らかに大きな声を出してママを呼んでいるのに、眠ったまま。

普段寝かしつけの後に、隣の布団(または同じ布団)で一緒に寝ている時には出さない声です。

生後1ヶ月から仕事を再開し、今までも時々寝かしつけの後に夜一人で作業することがありました。その時もいつも、体験してきたことでした。

夜はお願いしていたとおりネンネ上手になってくれたので夜泣きするわけではなく、眠ったままの寝言のようです。でも、こちらがドキッとするような、声なのです。明らかに、寝ている自分のそばにままがいない、ということを分かっているようなのです。

いつももそばにいて欲しい赤ちゃん

あかちゃん
胎児や赤ちゃんの睡眠について、調べてみました。

胎児はおよそ20分サイクルで、レム睡眠(浅い眠り・動睡眠)とノンレム睡眠(深い眠り・静睡眠)を繰り返しているそうです。大人もレム睡眠の時に、身体は休んでいても脳は活動していて夢を見ている時間といわれますね。

乳児は大人に比べてレム睡眠の時間が長く、50%を占めるそうです。大人になると20%程度です。赤ちゃんは、眠っていても脳は周りの情報をきちんとキャッチしているのでしょう。

赤ちゃんが良く寝ているからといっても、周りの大人同士の会話などは注意が必要となります。時には乳児期の記憶が、トラウマになる可能性もあるのです。

生まれた時に女の子だと分かったときに、跡継ぎが欲しかった親族からがっかりされたということや、両親が寝ている赤ちゃんのそばで喧嘩したことなど、潜在意識の記憶をたどって出てきたという事例を聞くこともあります。

お腹の中にいる時は、大人のレム睡眠に当たる動睡眠の時に「起きているので、胎動が活発」などと表現されます。

お腹の中にいるときに動睡眠という眠った状態で胎話をしてコミュニケーションを取っていたことを考えると、大人と同じような睡眠のリズムが完全にできあがる2歳くらいまでは、眠りながらでもコミュニケーションを取ろうとするのは当たり前なのかもしれません。

ですから、寝ていてもそばにいて欲しいと意識的にママを呼んでいるのですね。

「もう少しで、作業が終わるからね。待っててね。」

と、起きているときと同じように声をかけるようにしています。

しかし眠っている赤ちゃんに呼ばれているのに待たせて仕事をすることも、産後の回復が必要な身体にはあまり望ましくないと実感することがあったのです。
(次回の寛子編に続きます)