中村うさぎさんコラム「どうせ一度の人生・・・なのか?」 part.46 〜激動の時代を言い当てる。驚愕以上に「楽しいぞ!!」マヤ暦占星術!〜

中村うさぎさんに「初めてちょっと戦慄させた」と言わしめたMASAYUKI先生の「マヤ暦占星術」。今回はうさぎさんの人生を振り返っていただきました。まさに激動の時代を言い当てる実力に、うさぎさんも「楽し過ぎる!」と絶賛のご様子です。

さて、マヤ暦占星術のMASAYUKI先生のお話の続き。
マヤ暦に従って、私の人生を振り返っていただきました。

「マヤ暦では、13年ごとに赤・白・青・黄という周期が巡っていると考えます。これはそれぞれ、起承転結に相当します。赤は活動の時期、白は精神的な時期、青は転換期、黄は実りの時期です」
「ふむふむ」
「うさぎさんは2歳から14歳まで白の時期ですね。ちょうど多感な年頃に精神的な試練の時期を過ごしてます。この頃、いろいろと思いどおりにいかない事とかあったんじゃないですか?」
「うーん、小学生の頃は親の転勤で転校が多くて、それがちょっと嫌でしたね」
「寂しさを感じてた?」
「ですね。小学生くらいの時の転校って、疎外感や不安感が大きいから。新しい環境に馴染めなくて、自分だけよそ者で。イジメられたりもしたし」
「ああ、やはり、そういう子ども時代だったんですね。で、15歳から27歳までは青の時期。転換期です。何か激動がありましたか?」

 

あった、あった!
小学4年から高校生まで横浜に住んでて、そのままずっと横浜で暮らすと思い込んでたら、父親の急な転勤で大学から関西に引っ越すことになったのだ。

あれはカルチャーショックだったなぁ!
小学校の転校よりも大きな影響を私に与えた。

そして大学を卒業してOLになり、嫌気がさしてコピーライターに転職したのが23歳くらいの頃。これも大きな転機だった。あの時にコピーライターにならなかったら、私は今頃、文章を書く仕事などしてなかっただろう。
で、26歳の頃に、またもや父親の転勤により、一家で横浜に帰ってきた。私は東京でフリーのコピーライターになり、前夫と結婚する。
うん、確かに激動の時代だったかもしれないなぁ!
まぁ、激動はその後も続くけど(笑)。

「そして28歳から40歳が、黄の時期です。それまでの人生がひとつの実りを結ぶ時期ですね。夢が実現したり、何かの成果が出たり」
「あ! 33歳で作家デビューしました!」
「やっぱり!」
「で、ラノベ小説家からエッセイストに転向したのが40歳。あと、39歳で今の夫と結婚しました」

 

そうか。こうやって振り返ってみると、コピーライターになった23歳が大きな転機(青の時代)となり、そこで培った文章書きの仕事が33歳での作家デビューという結果(黄の時代)を生んだのだ。

確かに「転」と「結」だわ! マヤ暦、恐るべし!

「その次の周期は、41歳から53歳の赤の時期です。ここでまた、何か新しいことが始まりましたか?」
「その時期にやったのは、ホスト、美容整形、デリヘルですね。すべてが新しい体験だったし、エッセイの方向性も大きく変わったな」
「そこから、うさぎさんの人生は新しい周期に入ったんですよ」
「赤は、起承転結の『起』ですもんね」

「そして54歳から66歳までが白の時期。今現在ですね。白の時期には試練というか、活動的な時期から精神的な時期に移行します」
「おお、まさに! 55歳で入院したわ! あれは人生最大の試練だった!」
「そして、病気によって、精神的な変化があったでしょう? ご主人の愛の大切さに気づいたり」
「そうですね!」

なんだか、すごく面白くなってきたぞ!
マヤ暦占星術で振り返る人生、楽し過ぎる!

そしてMASAYUKI先生の占いは、いよいよ私の未来に向かうのだが、続きは次回!

 

※編集部都合により、MASAYUKI様との対談2の掲載が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。

 

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