「綿毛に包まれて生きていく」〜Vol.9 私達が幸せを求めることこそ供養

彼らが出来なかった事、食べられなかった物、行きたかった所、それらを経験し、自分が旅立った時にお土産として持ち帰ることは出来ます。それだけではなく亡くなったスピリットは実は傍にいますから、私達と一緒に経験してることもあります。
「綿毛に包まれて生きていく」〜Vol.9 私達が幸せを求めることこそ供養

 

地縛霊はどっち??

本日は、元に戻して大切な方を亡くした人に寄り添って書きますね!

亡くなった方がこの世に未練があった場合、地縛霊としてさ迷うと言います。
特に自殺者は何度も自殺シーンを繰り返すとか。
私は自殺者を一括りにして言う事は違うとハッキリ言いますね!
そんな単純ではありません。

何故なら私たちは青写真を持って来た魂だからです。
自殺だから、非業の死だから、そんな一括りにはなりません。
また、ご家族の想い、ご供養などで彷徨う魂がちゃんと道を見つけることも多々あるわけです。

また、私たちのような霊とアクセスする者が道を付けることもあります。
遺族の気持ちを考えると、そんな残酷なことを口に出したり、SNSなどに投稿したりしないで欲しいなと思います。

地縛霊というものは執着と関係しますね。
この世に未練なく、むしろこの世の中から去りたいとするなら、この場所に立ち止まること無く、違う道へ進んでいくでしょう。

恨み、妬み、心配なものがあるなど、この世の中に執着がある場合は、確かになかなか進めないものです。また、亡くなった事が理解できない場合。突然の死も暫く彷徨うかもしれません。でも周りのサポートで次第に自覚して進むべき方向へ進むでしょう。

 

実は地縛霊といきなり書いたのも、お伝えしたい違う意味があるのです

私達遺族、もしくは未来に遺族になり得る者たちは、大切な人が亡くなるとどうなると思いますか?
先ずショック状態ですね。悲しみ、理解できない混乱、不安、恐怖、孤独などなど。
そして、私達が陥る状況は、後悔です。

あの時こうしていれば、あの時こう言えば、あの時、あの時、あの時……
亡くなった方にお詫びしても、神にお詫びしても報われない。

「ごめんね!」
「いいよ!」

子供時代から繰り返された、この会話。
しかし、亡くなったら「いいよ!」を聞くことが出来ないのです。

だから、いつまでも、いつまでも消化されない。
どうにもならないことを何度も過っても仕方ないと思います。
きっと、あの人も許してるだろうなとも感じます。
でも、ふと思い出しますね。あの治療で良かったのか?

あの時、止めていたら。
あんな喧嘩しなければ良かった。
あの時出掛けなければ止められた。
そんな風に何度も何度も。

謝りたいことも沢山出て来るでしょう。
そう、私達残された者こそ地縛霊のようです。
大切な人の死に執着し、捕らわれ、何度も何度も繰り返す。
前に進むことをとても怖がる。

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あの人は○才で止まってるけど、私はおばあちゃんになっちゃう。
僕はおじいちゃんになっちゃう。
どんどん離れていくようで、怖くなる。
幸せになっちゃいけない気がする。
いや、幸せになりたくないと思ってしまう。
誰か他の人を愛することを拒否してしまう。

大切な人は色々解放されて楽になってるのにです。
もう前に進んでいるのにです。
私達の方が亡霊の様です。
私たちの方が地縛霊のように同じことをグルグル回って進まずにいるのです。

恐らく多くの遺族の方は頷いてますよね。
でもね、それでいいのかな?
私達は目的があって人間界に産まれてきました。

その目的を捨てて、ただ思い出にとじこもることが、果たして亡くなった人に喜ばれるのでしょうか?
旅立った人は、出会った意味も関係の深さも、あなたにとって意味があります。
だからこそ、強烈な苦しみになるのですよね。
でも、苦しませるために旅立った訳ではありません。

では、ここから何を学ばなければならないのでしょう?
何をすべきなのでしょう。
そして、私達はこの苦しみとどう向き合い受け入れるべきなのでしょう。