もしかして天使……?
その日の私は不安で胸が潰れそうになっていました。
先代猫ぶんぶん(15才)の突然の体調悪化。
異変に気づき病院に連れていったものの、余命はいくばくもないといったものでした。
病気ではなく寿命。猫の15才といえば人間で考えると80歳です。だからこそ毎日の健康チェックをかかさずしてきたのに……自身の落ち度を責めましたが、獣医師からは「この体調の悪化は年齢によるもの、専門家でも予測できない。」というものでした。
延命のために入院させる選択もありましたが、慣れ親しんだ家で看取りたいと自宅に連れて帰ったのです。しかし立ち上がることさえできなくなる様子に何もできないジレンマと、でも側においておきたいという想いとが交錯し、不安で怖くて哀しくて、胸の真ん中がひんやりと凍りつきそうな感覚になっていたことを今でもハッキリと覚えています。
ぶんぶんの体調悪化から3日目。
この日は以前からの約束で、どうしても打ち合わせに出掛けなければなりませんでした。
ほんの2時間ほどの外出。しかしそのあいだに容態が急変したら? 葛藤しましたが、ぶんぶんに「必ず帰ってくるから待っててね。」と声をかけ、私は出かけることにしました。
慌しく打ち合わせを終え、近道のために公園を突っ切っていたときのこと。
広々とした芝生の真ん中にある噴水の横を通りかかったとき、それは起きました。
噴水の上の方で何かキラリと光るものを感じ、空を見上げたそのとき……。
彼がいたのです、眉毛の濃い太っちょのおじさんが6畳ほどの和室にヤカンを持って。
「え?誰?」
「名なんぞオマエさんの好きなように呼べばいい、それがオマエさんの流儀だろ?それよか俺に聞きたいことがあるんじゃね?」
そう言われ、咄嗟に出た言葉はこうでした。
「ぶんぶんは……ぶんぶんとは……今日でお別れなの?」
彼は湯飲みから麦茶をすすりながら、ゆっくりとうなずきました。
「やっぱり……。」
私は涙が溢れそうになるのを堪えながら、彼にこう問いかけました。
「ぶんぶんは……幸せだったのかな?」
「オマエさんはどうよ?ぶんぶんと暮らしてどうだったのよ?」
「幸せだった、あのコと出会えてあのコと暮らせてすっごく幸せだった……。」
「じゃあ間違いなく、ぶんぶんも幸せだったことだろうて。」
時間にしてほんの数秒の出来事だったと思います。
ハッと我に返った私は、公園を出たところでタクシーに飛び乗り自宅へと急ぎました。
その夜、ぶんぶんは私と主人が見守るなか、二人の腕のなかで旅立っていったのです。
「ありがとう、ぶんぶん。うちのコになってくれて本当にありがとう。幸せだったよ。」
それから数日後、ぶんぶんのお葬式も終え、気持ちも落ち着いた頃、私は公園で起きた出来事を思い出していました。
「まさかあのおじさん……天使じゃないよね?」