心理セラピストが語る!『幸せになりたい!』とは?

誰もが思う「幸せになりたい!」ですが、まず知らなければいけないことがあります。
心理セラピストが語る!『幸せになりたい!』とは?

僕たちは誰もが「幸せになりたい!」と言います。僕は「願いが叶うとしたら何を願う?」という質問をされるたびに「幸せになりたい!」と答えていました。小さい頃は「ラジコンが欲しい!」とか「超合金が欲しい!」とか至ってシンプルだったのですが、いつの間にか、そういった具体性が消えて来て「幸せになりたい!」と答えるようになっていました。

このような質問は、単なる世間話やフリートークの一環で大した意味を持たないように思うかもしれません。しかし、この質問は私たちの人生において極めて重要なのです。

この質問に対する僕の問いは「幸せになりたい!」でしたが、「ラジコンが欲しい!」でも「超合金が欲しい!」でも、行きつく先は、それを得る事で『幸福感』を得る事で実は最終ゴールは同じなのです。

しかし、この僕の回答には大きな落とし穴があります。先ほどから自分の話ばかりして恐縮ですが、もしかしたら僕と同じ落とし穴に陥っている人が多いのではないかと思い、自分を例に出しています。

「幸せになりたい!」という願いは、解釈によってはオールラウンドで幸せが舞い込んで来る便利なイメージがあるかもしれません。しかし「あなたは何をもって幸せと感じるのですか?」というポイントを見落としているのです。

不幸せな人とは?

そもそも「幸せではない人」とはどういう人のことなのでしょうか。それは「幸せを知らない人」と言い切っても良いと思います。たとえば、自分の大好きな人に褒められても、それを幸せと思わない。仕事で努力が認められて給料が上がっても、それを幸せと思わない。そういう人は幸せにはなれないのです。

幸せになる最低限の条件とは?

幸せについて考えるときに忘れてはならない事があります。それは「あなたにとっての幸せ観」をきちんと知っている事です。どんな時にあなたは幸せと感じるのか。それを知ることが大切なのです。貪欲になる事は悪い事ではありませんが、幸せを追究する際、幸せを理解していないと、何を得ても幸せにはなれないのです。奇妙な例えではありますが「幸せを知っている事が幸せ」の基盤なのです。

幸せを阻害するモノとは?

幸せを遠のけてしまう恐ろしいモノもあります。それは「嫉妬」です。僕も人間ですので、嫉妬する事もあります。嫉妬が何かの目標を達成するためのエネルギー源になることもあるにはあります。ただ嫉妬に支配されてしまうと、満足感が得られなくなるので、穴のあいたポケットにビスケットをいくら入れても気が付いたら無くなっている、といった状態になってしまいます。

そして、その人の眼から見たら相手が幸せに見えて羨ましく思えても、本人からしてみたら必ずしも幸せではないかもしれませんし、本当は辛くて悩んでいるかもしれません。

おしどり夫婦だとご近所で有名な人たちがいたとします。でも、それは表向きの話で、家の中では口論が絶えず心が日に日に荒んで行っているという事もあるかもしれません。何らかの事情で夫婦円満の仮面をかぶっているだけかもしれません。

そう考えると、羨ましいと思っても、安易に妬みの対象として誰かを見るのはやめた方が良いです。そもそも妬みは不要なトラブルの原因にもなりますし、勝手なイメージで妬まれた方も困ってしまうからです。

「幸せ観」を理解するには?

自分にとって幸せが分かりづらい人は、まず自分の現状に目を向けてみると良いでしょう。無い物ねだりでネガティブになっていると、それこそ不幸になってしまいます。現時点で持っている幸せを1つ1つ噛みしめると、少なくとも幸福度ゼロということにはなりにくいと思います。

但し、誤解しないで欲しい事があります。僕は決して「あなたの現状は幸せなんだよ!」とか「あなたの現状に幸せを感じなければならないんだよ!」とは言っていないので注意して下さい。幸せは他の誰でも無く自分自身が感じるものであって、誰かに「これがあなたの幸せに違いない!」と言われるものではないのです。

現時点で本当に辛かったり、希望が見いだせなかったりしている時は、自分自身を見失っている可能性もあります。自分自身を冷静に理解し、受け入れる事が出来たら、必ずしも満足の行く幸せを感じていなかったとしても、少なからず持っているであろう希望の種をきちんと育てる事によって幸福度は上がって行く可能性が高まります。どうにもならない時は、決して独りで抱え込んで負のルーティンに陥らないように信頼できる人に相談してみて下さい。本音を話せる信頼できる相手がいるというものも、かなり重要な幸せの1つだと思います。

幸せ度をパワーアップさせるには?

幸せを理解できて来たら、ぜひ実践してみて欲しい事があります。それは善意を配る事です。多額の寄付をしなさいとか、ボランティア団体に登録しなさいとか、自己犠牲の精神で何かに貢献しなさいという事ではありません。小さな善意で良いのです。近所の人に笑顔で挨拶をするとか、それこそ、玄関の靴をきれいに並べてあげるとか、そういう事で構わないのです。感謝されるかどうかは結果論ですのでわかりませんが、そういう積み重ねが最終的に巡り巡って幸福度というものは高まって行くと僕は信じているのです。信じて損をする事も特に無いと思います。ぜひ、覚えておいて下さい。