菌を大切に扱うことは、本当の意味で自分を大切にするということ

菌を大切に扱うことは、本当の意味で自分を大切にするということ

「常在菌」とは

皆様「常在菌」という言葉をご存知でしょうか?
ここの読者の方ならご存知の方も多いかと思いますが。
読んで字のごとく、常に在している菌、ですね。

どこにいるのかというと、これは人間の体のいたるところにいます。
いたるところ、というと、見える範囲だとまず手ですね。
それから腕、足、脇、顔、頭……とりあえず全部です。
もちろん体の内部にも凄くいます。
そう考えると、人間って、菌まみれですね。

常在菌ですが、この菌バランスというのは人間のあらゆる健康に関わってきます。皮膚の常在菌のバランスなら皮膚の健康。腸内の菌バランスにいたっては、もう体の調子全てに関わってくるほどです。

自分の常在菌も漬物作りの要素の一つ!?

去年、家族で手作り味噌を作ってみました。1年間寝かせて出来上がった味噌は、とてつもなく複雑な旨みが凝縮されて、本当に美味しいです。

僕が漬物作りでも大事にしているのが、自分の常在菌や、素材の菌、空間の菌を大切に扱う、ということです。

糠床は作り手によって味が違う、とよく言われていますが、これも科学的にはまだよくわかっていないようで、一説にはそれはその人の手の常在菌が違うからではないか、とも言われています。

味噌作りなら、1年寝かせるような物を作るには腐敗しないように隅々までちゃんと殺菌しないとだめだ、というのではなく、これから1年かけて自分の手の常在菌や麹カビ、大豆についている菌が日本の四季を通して味噌を作っていくんだ、という感覚で作ります。自分の常在菌が元で出来た味噌ですから、自分で食べて美味しいのはもちろん、体に合うのは間違いないですよね。

自分で作った味噌が自分の体に合うとか合わないとか、この辺りの話は非科学的だ、と言われます。むしろ僕は、この辺りはまだまだ科学がわからない範囲じゃないかと思います。

自分の菌バランスを味噌という形で培養して摂取するような感覚というか。
ただ培養するだけではなくて、さらに1年の間、菌同士が各々の命を謳歌して、その結果もの凄い複雑な旨みと、さらに良好な菌を僕らにもたらしてくれる。
だから、菌というのは恐れるのではなく、大切に扱うべきだな、と考えています。

常在菌を大切に扱う事=自分を大切に扱う事

清潔にし過ぎるのも逆効果

もちろん味噌を仕込むときの容器等はアルコールで拭いたりします。
「なんだ殺菌しているじゃないか」と言われそうですが、それは、人間がちょっと手を加えるべき箇所であったり、本当に菌を大切に扱うならそういう作業は必要です。そうでないと、なんでもありになってしまって、人間の「美味しい味噌を作ろう」という意志があってもなくてもよいことになってしまいます。

美味しい味噌を作るには、やはりそれなりの手を加える必要がありますが、しかし人知というのは基本的に加え過ぎたり、やり過ぎたりする場合が多いのです。

一つ言えば、皆さんが普段しておられる手洗い。
それは「除菌効果のある石鹸でよく洗う」ではないのです。
清潔に、というなら手洗いは基本で当然ですが、これは洗い過ぎると本当によくありません。清潔に清潔に、と過剰な手洗いは皮膚の常在菌のバランスを著しく崩すことになり、結果的に手荒れをします。

手荒れしたらどうなるか、これは傷口にあまりよろしくない菌が繁殖するんです。黄色ブドウ球菌、と言われる菌です。

黄色ブドウ球菌は常在菌で普段は仲良くしているはずなのに、過剰な手洗いをしたりして、バランスが崩れると、この菌が急に繁殖したりします。
そういう状態の素手で素材を掴んだらどうでしょう? 清潔にしているはずが、結果的に反対方向に進んでいた、ということになります。

菌も人生も確実な方法論がない点では同じこと

菌を大切に扱う、というのは、まず自分の体にいる常在菌を大切に扱う、ということになってくるかと思いますが、それは結果として自分を大切に扱うことになると思います。

自分の菌のバランスを知る、菌を大切にする、というのは見えない世界のことで大変難しいですが、そういえば人間の精神世界も通常見えませんよね。

菌のバランスは個人個人違うので、ある程度はこうすればよい、という方法論はありますが確実なものはありません。
それは、人生はこうすればよい、という確実な方法論がないのと同じだな、と菌の話をしながら人生までいってしまいました。