八十神の試練は魂の成長を促す天の計らい!? 再生と復活の地☆赤猪岩神社2

神社

炎の中に佇む赤猪岩神社。

「まるで炎の要塞ね。」

社自体は小さめなのですが、地の底から吹きあがるような炎の御神氣に圧倒されます。

圧倒されるだけでなく、私自身の周囲、オーラに染み付くように溜まった穢れがその炎を受けてチリチリと燃えだし、ボッと着火したかと思うとあっという間に燃え尽きていきます。
その中には小さく断末魔のような悲鳴を上げるものもありました。

「う~ん、やっぱりなんか憑いてたか。」

穢れは日々の心の疲れであったり、悲しみや不安、そこから生まれる怒りであったりするので自分自身の責任ですが、サイキックアタックのようなものは私の責任ではない。

ですが、結局の所そんなアタックが届く所にまだいるから仕方がないとも言えるので、突き詰めれば自分の責任だなと苦笑いし、黒く燃え塵となって地に落ちて消えていくそれらを視ていました。

神社

「そっか、若き日の大国主大神もこんな風に八十神たちから嫉妬や妬みを受けてたんだろうなぁ……。」

 

素晴らしく聡明で見目麗しい末の弟。

八十神も見目はとても麗しい。けれど、心根が歪んでいるのか、そもそも人の心が欠けているのが、刀剣の煌めきの様な冴えわたる美貌には狂気を孕んでいるいる様にも感じます。

そうなると、それは嫉妬や妬みなどという人が当り前に備え持っている感情ではなく、選民意識が根底にあるのかもしれません。

故に自らが正しく、自らが選ばべるべき王族であり、神である。正義は悪があって成り立つ、常に自らのその正しさを証明する為に生き続けるというのは苦しいだろうなと思い、社と赤猪岩が封じられた大岩を眺め、ちょっと八十神に同情してしまいました。

神社

『哀れみは蔑みだ。』

封じられた岩の奥深くから響く、自分たちの正当性と血脈、正義を疑う事など無かったであろう八十神の声。
その声に反応したのか、先ほど燃えて塵となった念たちが再び燃え上がり空中に浮かび上がります。

それは炎ではなく焔。
炎が煌めく銀朱なら、焔は蠢く暗朱。
一つ一つが小さな蛇の様な形を取り、ギラギラと狙い刺さる様な眼を持っていました。

(念が具現化したか……。)

じっと具現化した念と向き合い、その場から動く事が出来なくなると、次第に雨音が遠ざかり、音無き異空間に入り込んだのを感じ身構え、念がどう動くかをじっと視据えたのです。

続く。

 

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