〜朝ドラで注目!カップラーメンを作った安藤百福の「這い上がる技術」〜感情美人への道Vol.116

新NHK「朝ドラ」・注目すべきはヒロインの夫

今月から始まったNHK朝の連続テレビドラマ『まんぷく』。
主人公は安藤サクラさんが演じるヒロイン・今井福子ですが、今回紹介するのはその夫・安藤百福(あんどうももふく)です。

安藤百福は、20世紀最大の発明の1つとも言われる「インスタントラーメン」の生みの親で、日清食品の創業者でもあります。
ここだけ見ると「エリート人生まっしぐら」の印象を受けますが、百福の人生は想像もできないような辛い試練の連続でした。

そこからどうやって這い上がって来たのか知る事で、あなたも新しい事にチャレンジする勇気が湧いて来るでしょう。

 

試練1・創業した会社が戦争で……

百福は、1910年に台湾で生まれました。
しかし、両親は百福が幼いうちに亡くなってしまったのです。
彼は妹とともに、繊維業を営む祖父母に育てられました。

この環境が百福に最初の起業のきっかけを与えます。
22才の時、百福は台湾で「東洋メリヤス」という会社を設立し、一年後には繊維産業の盛んだった大阪に進出して貿易を始めました。

持ち前の商才に加え、人当たりの良さや利他の精神を持ち合わせた百福の会社は大きく成長します。
しかし、そこに戦争という暗雲が立ちこめるのです。
太平洋戦争で、百福は繊維業を続けられなくなってしまいました。

そこで、百福は気持ちを切り替えて時代に合わせたビジネスを開始します。
燃料不足になると読んだ百福は、山を20個買い取り、木を切って炭にして売ったのです。
また住宅不足を予測して、プレハブを売ったりもしました。
百福の心の中には常に「人のために」という利他の精神があり、戦後復興を支えたいという強い思いもあったのです。

 

試練2・人の良さがアダになり、無一文に!

一方百福の人望は、時に諸刃の剣となりました。
1951年(41才)、百福は人に請われて信用組合の理事長になったのです。
ところが素人集団のこの信用組合は、誰彼構わずお金を貸して大量の焦げ付き(貸したお金が返ってこない状況)を生み出してしまったのです。
そして信用組合は破綻。

経営トップにいた百福は、責任を取らされて全財産を失ってしまいました。
この時、百福は47才です。
当時の男性の平均寿命は65才位ですから、文字通り人生の後半も後半戦で百福は大ピンチに陥ってしまいました。

しかし、ここでめげる百福ではありません。
彼にはある忘れられない光景がありました。
戦争が終わった焼け野原で、みんなが笑顔でラーメンを食べていた光景です。
そして百福は、「ラーメンを家庭でお湯を注げば食べられるようにしたい!」と考えたのです。

 

試練3・ラーメンの知識0からの開発

といっても、当時百福にはラーメン作りの知識が全くありませんでした。
横浜と大阪にある『カップヌードルミュージアム』には、当時百福がこもっていた研究所が再現されています。
といっても掘建て小屋のようなとても狭い所で、壁には手書きのメモが貼られているような環境です。
彼はこの手作り小屋のような場所で、多い日は1日20時間こもって研究に研究を重ねました。
そして1年後、ついに世界初のインスタントラーメンが完成したのです。

 

まとめ

実は百福には、この後もたくさんの試練が訪れます。

しかし試練が訪れる度に、不屈の精神で乗り越えて行くのです。
その根底には「食足世平(しょくたりてよはたいらか)」という、「食が足りてこそ世の中が平和になる」という百福の信念があるのです。
百福の言葉通り、阪神淡路大震災、東日本大震災では「チキンラーメン号」が被災地を走り、温かいラーメンを何万人という被災者の方々に届けました。

現在、百福が小さな研究所で発明したインスタントラーメンは、世界で年間1000億食消費されるようになりました。
百福の人生には学ぶべき点が多くあります。

ぜひ皆さんも、下記参考文献や『カップラーメンミュージアム』を訪れてみて下さい。

参考文献
『インスタントラーメンを発明した実業家安藤百福』集英社 世界の伝記NEXT

 

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