手の内の気づき⑫本質の情報とは?~健康常識を疑いリテラシーを磨く

「本質の情報を求める時代」

高度情報化社会という言葉が流行りだして

すでに随分と時間が経過した。

その言葉通り、今の時代はパソコンやスマホやタブレットを

通じて簡単にインターネットにアクセスでき、

瞬時に膨大な情報を入手することが可能だ。

その昔のメディアがまだ新聞やテレビしか無かった頃に

比べれば今の私たちが得る情報はやはり格段に増えた。

そしてネットにはもともとAI的な要素があり、

ある情報が提示されると、その正否真贋を多数の者が

閲覧することでジャッジし、情報の正確性が

審判できるという利点もある。

いわゆるネットリテラシーだ。

今このリテラシーという言葉が一般化し

健康情報リテラシーという言葉も聞かれるようになった。

健康情報リテラシーを磨くとはあまたある健康情報の

真贋を精査し本質の情報だけを選択することを意味する。

ようやく時代が本質の情報を求め始めた。

 

「疑うことがリテラシーを磨く」

例えば誰もが知るメソッドに筋トレがある。

胸板が厚い逆三角形のターザンのような体型は

誰もが憧れる理想のカッコ良さだ。

全身がムキムキの全盛期のシュワちゃんや

漫画「北斗の拳」のケンシロウに

男なら一度はあんな体になってみたいと思う。

映画「ロッキー」のマラソンシーンを見て

いてもたってもいられなくなり、

いきなり生卵をかきこんで走り出した事が

懐かしい、なんて記憶の持ち主もひとりや

ふたりではないはずだ。

筋肉がある=強い。

筋肉がある=健康。

私たちはこの「筋肉がある=健康」という

筋肉信仰とも言える健康常識を

疑うことなく信じ、いや信じ込まされてしまっている。

だが本当にそれは正しいのだろうか?

一般的に言えばスポーツ選手の寿命は短い。

それは現役時代に過酷に体を使い過ぎることも

一因しているが、もしも筋肉があることと

健康であることが一致するのならば、

スポーツ選手がもっとも長命であるはずだ。

だが実際はそうではないのだ。

世界や日本の長寿村の長老たちのライフスタイルの研究や、

金さん銀さんの例に見るように

どうも筋肉質であることと健康長寿は一致しない。

だとしたら筋肉信仰も一度、疑ってみたほうが

いいかもしれない。

疑うことがリテラシーを磨く第一歩だ。

 

「手の内の羅針盤」

生涯健康で長生きしたいと万人は願う。

だからこそ膨大な健康情報がちまたに溢れている。

その膨大な健康情報のなかから

本当に役に立つ本質の情報だけを選択できれば

きっと人々の健康度は増すだろう。

しかし膨大な健康情報のなかから本質の情報だけを

選択する健康情報リテラシーは一朝一夕では得られない。

だからこそ私のような日々ひとさまの体を触り

手の内の実践からエッセンスを獲得している者の声が

必要になってくるのだ。

よく言われているように人間の最長寿命は

120歳の付近にある。

これは生物学的な成体年齢の5倍が寿命という

法則に照らしてそうなっているのだ。

だからもしも生涯健康でいれば人は120歳まで生きる

ことができるのだ。

わたしの治療院の患者さんたちで健康で長生きを

体現できている者はではいったいどんなライフスタイルなのか?

それは規則正しくご飯を食べて、農作業のような

ほぼ毎日決まったような肉体労働をしているという

そんな生活様式の者が健康で長生きの実例だ。

なんでも無理に体を使えば必ずそのしっぺ返しで

症状が発生する。無理をしないで、

でも体は動かし続ける。

そして体を使ったら必ずあとで体に手を入れる。

そんなありきたりの単純な継続が結果として

健康長寿を達成するコツなのだ。

無理をして細胞に負担をかけるとテロメアを使い切り

寿命を先食いしてしまう。

そんな風に無理をしないで上手にテロメアをやりくりし、

細胞分裂の回数キップをもったいない精神で

少しずつ切っていくと長生きできるのだ。

太く短く生きるのがいいか。

細く長く生きるのがいいか。

それはすべて自分自身の選択にかかっている。

健康常識に振り回されず本質の情報を選択する。

手の内の羅針盤こそ健康情報リテラシーを磨く

最上の秘宝だ。

 

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