『手の内の気づき ~ ⑤真の手 ~ 神の手の幻想を越えて』

神の手を持つ医療者は果たして、 風邪の治りを早めて一瞬で風邪を 治すことができるのだろうか?

「神の手の幻想を越えて」

いつからだろうか?

マスメディアで「神の手」という言葉が

流行り始めた。

それは、神の手をもつカリスマ外科医とか、

神の手で万病を治す治療師という風に、

なんでも治してしまう医療者の手の

代名詞としてすでに定着した。

そうして神の手という言葉が流行り出すと、

どういうわけか、あそこにも、

ここにも、神の手の持ち主がゾロゾロと

出現し始めた。

日本には八百万の神がいると言うから、

少なくとも八百万人分の医療者の手に

舞い降りる神様は用意されている。

だから神の手医療者がそこかしこに出現しても、

それほど驚くことはない。

などという冗談はあまりイケテナイ。

たしかにそんな神の手を持つ医療者がいれば、

難症を抱えた者には福音だ。

藁にも縋る思いでそうした病苦を抱えた者が

神の手に駆け込むだろう。

だが、そもそも、すべての症状、疾病が

一瞬で治ったり、一回の治療で治る、

などということは人体の生理機構からして

あり得ない荒唐無稽の妄想に過ぎない。

では神の手の幻想を越えた人体の生理機構、

生体の治癒システムとは一体どのようなものなのか?

 

「自然の手による風邪治癒の仕組み」

それでは生体の治癒システムを

例えば風邪が治る仕組みから見てみよう。

季節性のインフルエンザウイルスによる風邪ではない

通常の風邪は誰の鼻にも常在しているヒト・ライノウイルス

より発症する。ヒト・ライノウイルスは

鼻腔内が極端に冷えたり、乾燥したりして増え出す。

そうしてヒト・ライノウイルスが増えても、

人体の免疫機構がライノウイルスの増殖を抑制する。

しかし疲労が溜まったり、寝不足が続いたり、

感情の起伏が激しく悲しみにうちひしがれて

落ちこんだりしてNK細胞の活性が低下し、

免疫力が下がっていると、

ヒト・ライノウイルスの増殖を抑え込むことが

できずに増殖してしまう。

すると鼻腔はこの増殖したヒト・ライノウイルスを

排出しようとして鼻水をいつもより多く分泌する。

またクシャミを引き起こして、やはり鼻腔内に

増えたヒト・ライノウイルスを鼻腔外へと排出する。

そうして鼻水の分泌物やクシャミの反射作用で

増殖したヒト・ライノウイルスの排出を試みながら、

それでもダメなら今度は熱を上げていく。

発熱機序は免疫細胞のマクロファージが

サイトカインの信号分子を脳へと送ることでスタートし、

次いで脳の熱センサーが発熱の指令を全身に送ると、

ブルブルと寒気が生じてくる。

通常体温の37℃から免疫細胞活性化の体温38℃以上に

セッティングされると、まだその体温にまで

上昇しないうちは身体が寒く感じてガタガタと寒気が生じるのだ。

そうしてブルブルと寒気で震えているうちに、

熱がグングンと上がってくる。

そうなるとヒートショックプロテインという生体防御タンパク質が

分泌されてくる。

ヒートショックプロテインは熱ショックタンパク質の名の通り、

熱ストレスで傷ついたタンパク質を修復する分子。

このヒートショックプロテインにはマクロファージを

活性化する作用が顕著で、このことで

マクロファージのウイルスを貪食する作用に拍車がかかる。

つまりマクロファージは自らの意志で体熱を上げて、

ヒートショックプロテインを誘導し、

みずからの免疫力を上げるのだ。

こうしてマクロファージが攻撃態勢に入ると、

マクロファージからヘルパーT細胞へと抗原情報が伝達され、

免疫機構が総動員でヒト・ライノウイルスの抑制に参戦する。

ヒト・ライノウイルスの抗原情報がマクロファージから

ヘルパーT細胞に伝達され、B細胞が抗体を作るのに

約3日ほどかかる。

だからヒト・ライノウイルスにより風邪を引くと、

だいたい早くて1週間、遅くとも2週間ほどの

日数がかかる。

これが神の手によらない自然の手による

風邪が治癒する仕組みだ。

 

「神の手を越える真の手」

神の手を持つ医療者は果たして、

風邪の治りを早めて一瞬で風邪を

治すことができるのだろうか?

わたしには到底そのようには思えない。

身体にはもともと免疫機構をはじめとする

自然に治癒する仕組みが備わっている。

そのもとから身体に備わっている自然に治癒する仕組みを

医療者は上手に引き出すことで

治療の成果を上げているのだ。

たしかにコンマ何ミリの縫合手術は自然治癒では不可能だ。

またギックリ腰の激痛がわずか数本の鍼治療で

治るケースもよくある。

これらを神の手と称賛することはそれほど

間違ってはいない。

だが、あくまでそうした非常に限定的なケースにおいて

神の手が見られるだけだ。

傷がかさぶたになりやがて新生された肉や皮膚が

再生されるのを、一瞬で早めたり、

ヒト・ライノウイルスが増殖して風邪を引いた者を

一瞬で治す神の手はどこにも存在しないのだ。

体質を改善して病気を未然に防ぐ。

この未病治の医療は1回や一瞬のサイクルでは

実現できない。

もしも1回や一瞬で患者の主訴を取り除けば、

患者は高をくくって自分の体力を過信し、

自分の身体を慈しむ心がつぶされて摘まれてしまう。

患者を真に救うとは内在する自己の復元力を信頼し、

医療者である他者に依存する他力本願ではない

自己の力で回復する自力本願を促すこと。

それができる手こそが神の手を越えた

真(まこと)の手だ。

 

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