ココロセラピストが語る!? いじめについて考えてみた! ~なくならないいじめをなくすためにコトを荒立てる人~

いじめ

いじめがなくならない理由。

当たり前なんですけど、いじめってダメなんです。
ダメだけど、なくならないんです。たぶん永遠に。
なんでなくならないかっていうと、たぶん本能だから。

いじめが本能っておかしいかもしれないけど、闘争本能ってありますよね。その延長というか、派生というか。
もっと深堀していくと、動物って基本的に弱肉強食ですよね。
つまり、強いものが生き残り、弱い者が犠牲になるってこと。肉食じゃなくてもそうですよね。

人間は、知能が高いから、なんとかなるかもしれないって思うかもしれないけど、それもまた難しいのが現実。
でも、世の中って競争社会ですよね。競争はいじめではないっていうかもしれないけれど、結局のところ、弱肉強食のルールは本質的には変わってないんですね。
なので、たぶん、いじめって、なくならないんです。

 

だからこそ、考える。

じゃあ、いじめがなくならないなら、開き直るか、諦めるしかないのかって話になるんですけど、そういうことが言いたいわけじゃないんです。

だからこそ、だからこそ、僕たちはいじめについて真剣に考えなければならないのです。
みんなが、傍若無人にふるまって生きていたら、たぶん、世の中って荒れ狂うと思うんですよね。
それって、生きてて楽しいかって考えると、ちっとも楽しくないんです。

少なくとも「これは、いじめかな……? 一旦立ち止まって、考えてみよう……」っていう意識をみんなが持てれば、いじめを減らすことはできると思うんですよね。なくすことはできなくても。

いじめ

 

勘違いする正義。

いじめいついて、考えると、厄介な問題がたくさんでてきます。
その中のひとつが、『勘違い正義の味方』。これは専門用語でも何でもないんですけど、たぶん想像できますよね。

自分の価値観こそが正義と思って制裁を加えて喜んでいる人です。悪いことを悪いって、面と向かって言える人って、確かにカッコ良いです。そういう人がいないと、悪いことを止める人がいなくなってしまいます。

さっきも言いましたが、「これは、いじめかな……?」って一瞬でも考えて欲しいんですね。四の五の言っている場合じゃなくて、緊急性のある案件も多いですが。

自分を絶対正義だと思っている人って、加減を知らないんですよ。良かれと思って割り込んできて、悪のレッテルを貼られた人を必要以上に攻撃して勝ち誇っていたり。あるいは事を荒立てて複雑にしてしまうとか。

子供なんかだと、このパターンが多くて。大人にもそういう人、いるけど。
なんだか揉めてるなと思って、真剣に話を聞いてみると、『勘違い正義の味方』が、良かれと思って介入してきてしまったせいで、問題が大きくなり、暴力暴言が飛び交って、泣きだしたりするこが増えてしまうっていうか。はっきりいえば、迷惑以外の何者でもないんですね。
しかも、その手のパターンの特徴としては『勘違い正義の味方』の人が、いちばん感情むき出して暴れてるんですよ。

「結局、なにが問題で、みんな泣いてるの?」って聞くと、論点が無茶苦茶になってて、理解に苦しむんですね。奇妙な第三者が出てこなければ、もう少し、話は円滑に終わっていたんじゃないかって。

さらに、この手のパターンの怖い所は『勘違い正義の味方』が、なんだかわからないけど、最終的に一番泣き叫んでいたりして、納得のいく結末にならない場合。
『勘違い正義の味方』は、自分の望む結末こそが正義なので、自分の思い通りの結末にならないと機嫌が悪くなるんです。本来の当事者以外に。

そうすると、『勘違い正義の味方』の親が出て来ちゃうんですよ。「なんで、悪を裁こうとしたうちの子が、悪者(事を荒立てた人)みたいになってるんですか!」って。

いじめ

 

勘違いしないで。

勘違いしないで欲しいのは、いじめってない方が良いんです。それを止めようとする心も大事なんです。
でも、悪のレッテルをむやみやたらに貼り付けたり、悪のレッテルを貼られた人は何をされても仕方がないという発想は持ってはいけないんです。

だって、それってマンガやゲームに出てくる『悪の大魔王』的発想じゃないですか。独裁者っていうか。
彼らは、彼らで自分の中の価値観に基づいて、その正義を貫いて暴君になってると思うんですよ。
でも、それって、迷惑行為だったりするんです。

いじめって、よくないんです。いじめは良くないから、真剣に考える必要があるんです。いじめそのものも問題なんですが、いじめの対処法も重要なんです。気が付いたら自分こそが加害者になっていたら、本末転倒なんです。火に油を注ぐから、ますますいじめがなくならなくなるんです。争いが絶えないんです。

いじめの種類って、たくさんあって、本当にキリがないけど、必ずしも、いじめようと思っている人が、いじめを引き起こしている訳ではないんですよね。ここ、重要で。

大人でいう所の、『〇〇警察』とか『〇〇パトロール』とか言っている人たちも、危険なんですよね。一歩間違えれば加害者。アメコミっぽく言うなら『ヴィジランテ』。つまり自警団。

良かれと思って自分の正義を押し付けて、結果的に暴力、暴言で解決しようとする人たち。勝手に裁いて制裁を加えようとする人たち。

いじめの本質を考えると同時に、正義の在り方や、リスクを最小限にする方法も僕たちは意識しなければならないし、そういう課題も浸透させていかなければならないんですね。

 

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