~小野さやか監督「恋とボルバキア」~男と女の境目で生きる本音が炸裂

カラフルに性別をトランスする男性(女性?)たちの恋愛ドキュメンタリー映画

皆さまは自分の性別を疑ったことがありますか?
性別って、もしかしたら男か女の2つにくっきり分けられるものではないのかもしれません。
人は誰しも、何かきっかけがあれば性別をトランスする可能性があるのかもしれません。
この映画を見て、そんな気がしてきました。

 

男と女の境目で生きる主人公たち

私自身は自分の性別に疑いを持ったことがない。
自分が女性であることは、自分のアイデンティティーとして深く脳に刻み付けられている。
しかし、もしそのアイデンティティーと体の形が違ったら、いったい私はどう感じるだろう?

映画は男性と女性という性別の間でたゆたう男性を中心に進行する。

「王子」は14歳のときに身体の女性化が始まった。
パートナーの「あゆ」は2歳のときから女の子として生きている。

「みひろ」はサラリーマンとして働いているが、女装を通じて男性から優しくされる喜びを知る。

「はずみ」は父親として家族を持っていたが、女性になりたいという強い願望をどうしても捨てられなかった。
数年後、女性としてレズビアンの「じゅりあん」と付き合い始める。

「魅夜」は12-3歳のときに自分を引き取ってくれた養父にかまってもらいたくて、女装に目覚めた。自称「化粧男子」。

「一子」は50を過ぎて長年の女装願望を実行に移し始める。

彼らはいずれも、これまで自分の本心と身体構造の相違に悩み、自分は何者なのかと考えざるを得なかったはずだ。
しかし、今は本当の自分をしっかり受け止め、受け入れ、懸命に生きている。

 

自分は自分。あなたじゃない……

社会生活を営む以上、誰しも片想い、恋愛関係の摩擦、思い通りにいかない恋、金銭的困窮など、さまざまな問題に直面するが、彼らはそんなときも飾ることなく正直に自分の思いを語り、号泣する。
思い切り怒ったり泣いたりして感情を吐き出したらすぐに立ち直る。

映画は彼らのそんな生き方をさわやかに描いている。

王子は自分をさみしい人間と表現しつつ、「無性愛」という言葉を口にする。
これは性という枠を超えた愛情という意味だろうか?  無償の愛のことだろうか。

あゆは「自分は自分。あなたじゃない……」と歌う。

はずみは、じゅりあんに「いずれは子供を産みたいし、将来のことを考えたい」と迫られても、「いろんなことを乗り越えてきて今があるから、先のことまでは考えられない」とさらりと言い放つ。

魅夜は元交際相手とどうして別れたのかを訊かれると、「好きだし、一緒にいたい、それだけでいいと思っていたのに、人生観みたいな哲学的な難しいことを議論しようとするから。そんなことどうでもいいじゃない」ときっぱり。

カメラに向けて500円玉を掲げ、笑顔で「これが今の全財産」と言いながら買い物をする。

映画の中で複数の人が「壁」という単語を口にした。

男と女の壁、あるいはもっと広い意味での世間の壁、そんな壁は取っ払って生きていこうよ、という彼らからの声かけだ。
魅夜は「こうやっていきていかなければいけないらしいみたいな、そんなオッサンたちの、腐れ年寄りどもの思惑が、ホントにムカつく」と怒りを露わにする。

 

性同一性障害は障害ではない!

タイトルに入っているボルバキアとは、宿主(昆虫)を性転換させる寄生バクテリアの一種だ。

雑誌ナショナルジオグラフィックによると、宿主を性転換させて単為生殖化を引き起こすだけでなく、宿主を“気味の悪い怪物”に変身させてしまう力を持つというが、生物学者の福岡伸一先生は「性別はサピエンスが作り出した虚構(フィクション)にすぎないから、性同一性障害はほんとは障害じゃない」と『恋とボルバキア』に寄せたコメントでおっしゃっている。

性別というものは、もしかしたら私たちが思っているほどはっきり区別できるものではないのかもしれない。

女装をきっかけに女性化する人、ホルモンのバランスを見ながら自分の性別を変える人、自分の心の声次第で性別を決める人、いろんな人がいていいはずだ。

「ダイバーシティー(多様性の時代)」をうたうからには、性別で人を判断するのではなく、もっと奥にあるその人の本質をみる時代にならなければならない。

自戒の念を込めてそう思った。

トランスジェンダーの若者を中心とするさわやかな群像劇だが、いろいろなことを考えさせられる深みのある一本でもあった。

 

出演:王子/ あゆ/ 樹梨杏/ 蓮見はずみ/ みひろ/ 井上魅夜/ 相沢一子/ 井戸隆明
監督・脚本・編集:小野さやか
プロデューサー:橋本佳子/ 熊田辰男/ 森山智亘
語り:阿部芙蓉美、構成:港 岳彦、撮影:高畑洋平/ 高澤俊太郎
音楽:MILKBAR、劇中歌:青木多果

※94分

●映画公式サイト http://www.koi-wol.com/

※2017年12月9日(土)よりポレポレ東中野にてロードショー、ほか全国順次公開
©2017「恋とボルバキア」製作委員会