ともくん宮崎からの手紙―! PART.1 新岩戸地区からの手紙(天孫降臨の真実を追う)~後編 その2~

天孫のお墓、日子神社とお日子山遺跡

そんなこんなしている背景にも

天孫降臨の神話には、非常にふかいふかい私たちの想像もつかなかったような、秘密があったことをのちに知ることとなったのでした。

比木神社のお賽銭箱に、「新岩戸地区より奉納」 と書いてあったけれど、岩戸地区、そして新岩戸地区を抜けると

日子(ひこ)神社が見えてきます。

(日子神社)

ここは瓊瓊杵尊の墓があったといういわれがあり、今では山幸彦が祀られています。

いまでは鳥居以外は足が踏み込めなくなっており、神社のある山は巨大な遺跡として、多くの土器が出土していて(お日子山遺跡)といわれています。

本当に天孫がいたかのよう。

日子という言葉は、太陽の皇子などという意味合いがある。
天孫降臨、岩戸神話にまつわる何かがあるために、この地区は岩戸地区になったのではないかという説も出ているそうです。

日子神社と、比木神社は何か密接につながってる…… ……僕自身それまでの多くの経験や体験から、そう直観したのでした。

もし福智王が、出雲国譲りで封印されてしまった大国主だったとしたら、そのお父さんやほかの神霊はどこにあるんだろう。

それを調べたらまた驚くべきことが判明しました。

(日子神社)

 

神話が歴史にーそして、ミカド伝説の地へ!

福智王の父が祀られている「神門(ミカド)神社」。

その言霊のインパクトがすごかった。

ミカド………。

ミカド、帝

ミ・カド、すなわちカド族出身のもの。

神武天皇は、ユダヤ、イスラエルからやってきたのではないか? という日ユ同祖論という説をお話されるスピリチュアルサイドの先生方の説を一瞬にして想起してしまったのです。

この文字、 日本古代史に与える衝撃という表現をされる考古学の先生やライターの方も多かったといいます。

やはりこれは、なんかあっど宮崎県!

この福智王の存在を地元に住む者として、

皇子の魂が行き着き先にある大年神社。

福智王の父貞家王がいる南郷村はミカド(神門)の地へ、ともくん一行は急きょ急行しました。

果たしてそこには何が待ち受けているのか? どんな出会いがあるのか!?

日本創世の裏にあるものとは!? 謎は謎を呼ぶ新連載は次回へ続きます。

 

(~動画~※天照大神の原像を追う)

 

その1はこちら

 

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