「この道を登るのか……。」
聖滝と看板の示す方向は落ち葉の積み重なった山道。
濡れて滑りやすく、雪があったら軽装で行くには難しそうだ。
「タイミングが良かったな。」
雪もないのもそうだが、寒さで草木が一部枯れて見通しが良く、蛇や虫の心配をしなくていい。
熊は鞄に鈴をつけていたので、この音で人間が歩いていると察知して避けてくれそうだ。
それでも、ガサっと音がすれば驚き、しばし様子を伺う。小動物か鳥が生い茂った熊笹の中で動いたようだ。
「縁結びに至るまでには、人生もこんな風に本当に大丈夫かなって道もんよねぇ。」
そんなことを思いながら、自分の過去の恋愛を振り返った。
思えば、不思議なくらい偶然が重なってスムーズに進む時期もあるが、何かが違うなと気づいた瞬間から、ボタンのかけ違いの様に上手くいかなくなる。
タイミングが全く合わなくなって、それでイライラし、不安になって八つ当たりもした。
段々険悪になって、ある日プツンっと縁の糸が切れるか、切れても必死に手繰り寄せて繋げ、けれど強度足らずでやっぱり切れてしまうか。
見極める違いは、無理をしているかしていないかだろう。
必死になって繋ぎとめなくとも、繋がるものは繋がるのだ。
この道なら、私が聖滝に行ってはならないなら、雪が積もっていたり、道に倒木があったりして、行くことは叶わないだろう。
無理をして進むことも可能だが、辿り着けても散々な結果になるだろう。
けれど、今回は磐長姫神の御助力もあって、全てが整っている、そんな道なりだった。
「そうそう、これっくらいなら私はパンプスで進めるしねぇ。」
田舎育ちなもので、これっくらいなら慣れた山道。
タイトスカートにパンプスであってもスイスイ進んでいる事だろう。
雪の精霊が飛び交う水辺
水の流れる音が、道を挟んで熊笹が多い茂る右側でしていたが、観ることが出来なかったが、道と川の流れが寄り添う地点まで来た。
「わ~、綺麗~!」
なんと清らかな流れなのだろう。
冬の訪れを告げる白く透き通った綿毛のような精霊たちが水辺を飛び交う。
「雪、帰りには強くなりそうだな。」
この精霊が現れると雪が本降りになるのだ。
今はちらほらと降るだけだが、夜にかけて積もる雪になるかもしれない。
身近な不思議の世界
さらに山道を進むと大きな磐座が目印の様にあった。
ここまでの道中には今朝方猪が土を掘り返した後があり、猪いにも出遭わなくて良かったと胸をなでおろす。
「これも磐長姫神の御加護のお陰ね。」
神々の御加護がある時は、動物も虫も私を避けてくれる。
気配はあれど、違う世界を歩いているような感じなのだ。
見える風景は同じなのに、違う世界を歩く感覚はとても不思議なのだが、その不思議に気づかなければただ普通に歩いているとしか感じないだろう。
不思議な出来事はいつでも身近にある。
けれど、人が気づかねばその不思議はないのと一緒なのだ。
そんな不思議を、昔の人は身近に感じ、畏怖の念を抱き、敬意を払ったのだろう。
そんな不思議さへの畏怖の念が薄れつつある現代に寂しさを感じるが、原点回帰の様にまた受け継がれて広がればいいと思う。
磐座は人の世と神の世の境を示す様に鎮座し、静かに私を先に進むようにと促した。
続く。
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