心から願う物事。
それは、叶うこともあれば、実現まで一歩及ばないこともあります。その差は一体、何でしょうか?
それは、心から発している周波数、振動数の高低の差なのです。いわゆる、念の質です。この日頃心が抱いている念の質が「呪い」にもなり、「祈り」にもなるのです。
呪いとは、特定の人や物に対して超自然的な力を行使し、悪影響や不幸をもたらすとされる行為や言葉です。呪いは古くから、主に報復や悪意、または個人の不満から生まれると考えられています。誰かへの不満や愚痴、嫉妬から出る言葉。これらは、ないげない言葉だとしても呪いに変わっていくのです。
呪いの反対は、よい念を発する「祈り」です。祈りとは、神や霊的な存在、または宇宙の力に対して、意図や願いを込めて言葉や思考を通じてコミュニケーションを図る行為です。多くの宗教やスピリチュアルな伝統において、祈りは重要な実践とされ、精神的なサポートや導きを求める手段とされています。
同じ念を発するのであれば、よい念である祈りに変える方が建設的です。祈りの場所は特に指定はありませんが、主に神社が多いです。祈りの方法には、口頭での祈り、心の中での祈り、または特定の形式を通じて行うものがあります。
祈りの効果については、それぞれの期待度によって異なります。心理的には、祈りは安心感や希望を感じ、ストレスの軽減に寄与することがあります。また、社会的には、共通の祈りを通じてコミュニティの結束を深めることができます。これらの祈りが物理的な効果を持つかどうかは諸説議論がありますが、精神的な充足感やコミュニケーションの促進に寄与することが確認されています。
神社でお祈りをする時
祈りには感謝の祈り、お願いの祈り、そして祝福の祈りなど、さまざまな種類があります。感謝の祈りは、日々の恩恵や幸運に対して感謝の意を表すもので、お願いの祈りは特定の助けや願い事を求めるものです。
スピリチュアルな伝統において、祈りは多種多様な役割を果たします。祝詞や真言、瞑想やマントラを通じて内面的な調和と平和を求めます。特に、神道では自然の神々への感謝や願いを表すことが多いです。
祈りは、個人の心やスピリチュアルな実践の一部として、またコミュニティの連帯感を育む手段として、多くの人々にとって重要な役割を果たしています。呪いは、結果的に自分自身に不運や不調を呼び込んでしまいます。同じパワーを使うのであれば、呪いよりも「祈り」に転じて、サイキックパワーを開花、発揮していきましょう。