伽座守珊瑚の開運『狼語り狐語り』第20話~狼眷族『グラウ』。遠い記憶から蘇る!【藤原秀郷】と【平将門】相対す!?~

狼眷族『グラウ』。時空を超えた旅はまだ続いています……。そして壮絶なドラマはいよいよ佳境に……。そして、目覚めたグラウに語りかける『長老』とは?

 

天狼グラウの時間潜行はその老武将の意識に届く。

藤原秀郷は逡巡していた。討つべき朝敵、平将門は目の前に居る。

荘厳な気迫、刃のような鋭い眼力。
思ったより細身ながら筋骨無駄の無い肢体。
しかし兜も鎧も装飾された破片がまとわりついているだけな有り様だ。

情報のとおり、身につけて激しく動くことでつなぎ目の紐が切られてゆく細工をされていたのだろう。だとすればそれを身に付けているのは影武者ではなく正真正銘の将門だ。攻撃を躱す度、騎乗姿勢がゆっくりもんどうり打つように背中側に反り返る有り様が、時間が何万倍も引き伸ばされたように秀郷の目に刻々とスローモーションで映る。秀郷の感覚が鋭敏になっているからそう見える。

しかしこれは将門なのか?
かつて面談し会食した際に、下品な話しに飯をこぼしまくった粗野な男とは人相骨格が全く一致しない。
「こんな男に国を任せるわけには行かない」そう判断し朝廷側に味方した自分は偽物の将門を見抜けずにいたか。「南無三宝。」そのとき誰かの放った矢がその男の鎧兜が裂けていた側頭部と背に的中。秀郷の体感時間は現実の速さに戻る。

白羽の矢

 

秀郷の構えた長槍は僅差とは世辞にも言えない遅れで
矢を受けた男の鎧の開いた左脇腹を仕留めた。

槍の柄を通して、一瞬の着衣の厚さの抵抗に続き、命に刃が侵入する感覚が伝わる。
気付けば敵からも味方からも矢は飛んで来ない。
秀郷は将門の謀られた終焉を感じた。
ほつれた鎧の主は、近距離から何本もの矢を受けた馬と共に大地に崩れ落ちた。

「これなるお人が真の将門であったか。」

初めて見る顔ではなかった。
忘れもしない、国司護衛で相馬からの帰り出逢った、毛乃川(現代の鬼怒川)から引く水路工事の指揮と重労働を農民に混じり泥まみれで、それでも皆と笑顔で励まし合って進めていた男だ。自分の性格ならばこの男の味方になるはず。

この戦、互いに謀られた。
暦のうえでは春とはいえ、寒さしか感じられない冬色の大地に倒れた将門の、髷も乱れ髪が頬にかかる素顔は、武人にしては端正な面立ちで、出自の良さをうかがわせた。

秀郷は首を獲ると、紐が裂けた鎧の胴を持ち帰る事にした。徐々に裂ける紐で編まれた鎧の存在を明かし、将門の身に起きた謀略の証拠としたいと思った。

鎧と首を馬に積むわずかな時間の中、何処で待機していたのか僧や拝み屋やらが鎧の主を取り囲み、秀郷が再び目を向けたときにはその体は幾つかの布包みにされ、四方八方へと持ち去られた。
良くみるとあちこちで同じ光景が繰り広げられている。布包みにされているのは影武者か将門の弟達なのだろう。

刀剣

 

わけのわからない怒りが秀郷の胸にこみ上げた。

駆け寄ってその跡を確認したが、持ち去られたそれらの、あるじを失った武具は、価値のありそうな物は奪い去られ、馬や雑兵ばかりが矢で射られたまま伏すばかりだ。

そのときコツンと足元に何かが当たった。太刀の鞘だった。刀身はさきほどの一団に持ち去られたのだろう。鞘は尋常ではありえない、雑巾を絞ったようにねじれている。
禍々しい呪詛・加持祈祷の類に依るものか。秀郷はその鞘を拾い上げた。それも誰かの元へ届けねばならない気がした。

藤原秀郷は『将門の首』とともに後の面倒な役目を自分の影(影武者)に任せると、戦勝祈願のために社殿を奉納した武蔵の国の社(やしろ)を目指す事にした。
かつて、

「わの おと のおわりを みて ほしい 」……
そのように夢枕に立ったその社の祭神に頼まれたのだ。
しかと目に焼き付けたからには、夢枕に立った御祭神の元へ向かおう。