安定した将来のために不満がある今の組織に残り続けるか、はたまた自分の信念に従って独立するか……仕事をしていれば、人生で3回くらいはこんな岐路に差し掛かりますよね。
今回は、なぜ組織から抜けることが難しいのかを、日本を議論の渦に巻き込んだSMAPの独立騒動から考えてみたいと思います。
今回の騒動で、多くの人はこう思ったのではないでしょうか?
「なぜそこまでして事務所に残るのか?」私は詳しい芸能界の事情は知りませんので、あくまで心理学・行動経済学の立場から見て行くことにします。
考えるポイントは3つです。
①「授かり効果」と「損失回避」の心理が働いている
②「参照点」が一般人と違う
③「外部情報」ではなく「内部情報」で判断している
①「授かり効果」と「損失回避」の心理が働いている
今迄も何度か書いていますが、私たちは「今持っているモノ・人間関係・地位」を過大評価し(授かり効果)、今持っているモノを捨てて新しい選択をする時、その結果、失うであろうものを過剰に見積もります(損失回避)。
授かり効果も、損失回避もその倍率は2倍と言われます。例えば、現在のメンバーの年収が2億円だったら、独立後に4億円の年収が確実にもらえると確信できない限り現状を維持する方が魅力的に思えます。年収だけでなく、好感度
仕事の選択肢、業界内でのパワーバランスなど、全てが今の二倍ほど向上しない限り、リスクは取りたくないと思ってしまうのです。
さらに、メンバーにとってSMAPは人生そのものといっても過言ではありません。結成当時の年齢は中居さん15歳、木村さん15歳、稲垣さん14歳、草彅さん13歳、香取さん11歳。
香取さんは、以前インタビューで「SMAPは僕にとって天職だと思う。その気持ちは年を重ねるに連れて強くなっている」と語っています。他のメンバーも、同じ様な気持ちでいることでしょう。デビュー当時なかなか売れず、売れてからも常に限界に挑戦し続けて今の地位を掴んだメンバーにとって、SMAPが解散すれば、それがすべて灰燼に帰すという不安が頭によぎったはずです。
仮に、解散したことで色々なしがらみがなくなり、より活躍の幅が広がる未来があったとしても、ここは何としても「今あるもの」「積み重ねてきたもの」を守りたくなってしまいます。
②「参照点」が一般人と違う
「参照点」は、分かりやすく言うと「OKかNGか」「幸せか不幸せか」感じる分岐点と思ってもらえれば結構です。
仮に、事務所を辞めて芸能界で仕事ができなくなったとします。この場合、経済的なことだけを考えれば、仮に預貯金が5億円ほどあったとして、その半分の2億5千万を年利3%で運用したとすれば単純計算で750万円の運用益が得られます。
これは日本のサラリーマンの平均年収より高いので、一般人からみれば「別に食うのに困らないのに」「むしろありがたい」と感じますね。でもずっと億越えの年収(ここがメンバーの参照点)を維持していた人にとったら、とんでもないダウンです。
ただ、お金と幸福度の関係は、年収およそ900万円で頭打ちになると言われています。オートレーサーになった森さんあたりは、脱退する時、この辺りをしっかり考えたのではないでしょうか。
③「外部情報」ではなく「内部情報」で判断している
「我々が揺るぎない確信を持てるのは自己の経験のみであり、これ以外で知っていると思い込んでいるものは、全て経験からの推論に過ぎない (デカルト)」
という言葉があります。
私たちが物事を判断し、決断をするとき、その多くは自分の中の「内部情報」を元に判断します。つまり固有の状況だけに注目し、自分自身の経験と価値観の中から手がかりを探ろうとするのです。
自分が「知っている」と思っているのは、世の中のごくごく一部です。私たちは、99%の身の回りの情報を知覚できずにいます。なので、何か大きな決断をするときには、「内部情報」でなく自分の外側にある「外部情報」に基づいて判断しなければいけません。
でも、内部情報は「感情」が絡んでくるので、重用視しなければならない外部情報は負けるのです。
先述の通り、SMAPメンバーの皆さんは10代前半で事務所に入り、芸能界内の常識・仕事に基づき三十年近く走り続けて来ました。なので一般世間が「これはこう思う、これは違う」と感じたことも、『芸能界内における別の捉え方』をしているのかもしれません。
上記、①②③と考えると、おそらくほとんどの人が、事務所に留まる道を選ぶのではないかと思います。それが自分にとってストレスとなり新たな可能性を掴むチャンスを逸するとしても、それだけ今まで培ったモノを捨てるのは難しいのです。
私たちが組織に残るか辞めるかを考える時、不合理なバイアスが色々とかかりやすくなっています。注意しなければならないのは、自分でそれが不合理だとなかなか気付けないことです。
育ててくれたことに恩義を感じるのはもちろん大切ですが、そこには自分たちの努力もあったことは事実です。メンバーの皆さんには、これからも才能を活かし、たくさん活躍して欲しいと思います。