「私」は憧れられる側になりたい!?
「私」のイメージが良いと、どういう良いことがあるでしょうか。
・同性にも異性にも仲間が多ければ楽しいです。仲間が多ければ困った時に助けて貰える可能性がグンと上がります。
・異性(または一部の人には同性)にモテます。そうすれば、恋愛も結婚もできますし、本能レベルの話をすれば子孫だって残せる確率が高まります。万一、関係がうまくいかなくても、自分が周囲に高い評価を得ていれば、次の相手も選び放題です。
・仕事だって自分が周囲によく見られていれば、面接を受ければ簡単に採用されるでしょう。偉い人の目にも止まるので出世や昇給ラクラクに違いありません。場合によってはもっと好条件の会社からスカウトされるかもしれません。独立開業してもファンがすぐにつくので顧客獲得も簡単です。
なるほど。確かにそうかもしれませんね。
セルフイメージ?
自己啓発などではセルフイメージが大切だと言います。
私もその通りだと思っています。
ただ、そこには大きな落とし穴があるのです。
チヤホヤされたい気持ちは誰だって少なからず持っていると思います。
それは問題ないのです。
そのために、理想の自分に近づくためにセルフイメージを一生懸命高めようとする人も多いと思います。
最近はあまり聞かなくなりましたが、少し前まで『セルフ・ブランディング』という言葉も流行りました。
自分をどう演出するか、どうやって良い印象を植えつけるかという戦略の話です。
もちろん、セルフイメージを高めることは大事ですし、自分を良く見せる演出も大事です。
セルフイメージの致命的な落とし穴
セルフイメージを高めることは良いことです。
なりたい自分、成功した自分を思い描き、セルフ・ブランディングをして、それらしく立ち振る舞う。
それを継続すしているうちに、徐々に、それが自分や周囲にインプットされてそういう人物として見られるようになってくる。
それで良いと思います。
ただしセルフイメージの大事なポイントを忘れている人は、ここで苦しむことになってしまいます。
だから、これはものすごく重要なので、徹底的に頭に叩きこんで下さい。
『ネガティヴなマインドを隠しながら無理をし続けると自滅します。』
つまり表面的な理想的な姿だけを設定してはダメということです。
「私、本当はダメ子と思われていたらどうしよう?」
「私、本当はブスだと思われていたらどうしよう?」
「私、本当は無能だと思われていたらどうしよう?」
「私、本当はキモイと思われていたらどうしよう?」
「私、本当は嫌われていたらどうしよう?」
etc……。
こういう気持ちは誰でも少しはあると思います。
でも、このような想いを無理に隠したり否定したりすると、どんなにセルフイメージをプラスに切り替えたところで、引っ張られてしまうのです。
そうすると、知的に見せるためにもう勉強しても、スタイルを良く見せるためにダイエットしても、気配りの達人と思われるために雑務を率先して行っても、どんなにお化粧をバッチリ決めても、仕事を大量にこなしても、幸せにはなれないのです。
「私、嫌われたくない……」
「私、見下されたくない……」
「私、見捨てられたくない……」
こういう潜在的な本音のエネルギーが強過ぎると、どんなにセルフイメージを書き変えようとしても、書き変えられないのです。
確かに勉強すれば学力は上がるかもしれません。
でも、強い不安が前提にあるので、何処かで自分の才能や能力にリミッターがかかってしまうのです。
「本当は私、すごくもなんともないし、才能も魅力もない。だから、頑張るしかないんだ!」という気気持ちが出てきてしまうのです。