そうだ! 節約しよう! ~脱! アレがないコレがない不幸のスパイラル~

浪費の美学を徹底している人には節約が不幸かもしれません。 節約の美学を徹底している人は浪費こそが不幸の元凶だと言えるでしょう。

『ナイナイ星人』とは?

幸せからほど遠い人の中には『ナイナイ星人』の人が多いです。
これは私が作った言葉ではありませんが、結構見かけるので、そのまま使わせて頂きます。

『ナイナイ星人』というのは、「お金が無いから私は不幸なんだ……」とか「ブランドバッグを持っていないから私は不幸なんだ……」とか自分に足りないモノを次々と列挙していく人の総称です。

「学歴が無い」「資格が無い」「美貌が無い」「若さが無い」「彼氏いない」「身長が無い」「友達がいない」「コネがない」という具合に天才的なまでにないものを見つけ出して行く人。ある意味、それはそれで才能かもしれません。永遠に言い続ければギネスブックに載るかもしれません。でも「ギネス申請する方法を教えてくれる人がいません……」となりそうですね。

すごいことではありますが、これはものすごく危険です。
何故なら『ナイナイ星人』は「○○がないから私は不幸だ」という型が、出来あがってしまっているからです。
どんなキーワードを○○に当てはめても最終的に「私は不幸だ!」という結論になってしまうのです。ちょっとした現代の呪文ですよね。

 

「ない」方が良い場合ってない?

実際は「ない」ことで「幸せ」という場合もあるのですが、それを知らないから『ナイナイ星人』になってしまうのです。

たとえば「悪いお友達がいない」と「幸せ」ですよね。平和ですから。
「落第点を取った科目がない」と「幸せ」です。
進級あるいは卒業できますから。だから『ない=不幸』というのは、絶対ではないのです。
関数みたいに必ずしも法則性があるわけではないのです。

 

「あったらいいな……」「なくてもいいかな……」

「ない」と困るものも実際はありますよ。でも、「ない」よりはあった方が良いけれど、「ない」ならないで別に問題が出てくるわけでもない場合ってありますよね。

たとえば資格取得をイメージして下さい。

何故かだ『宅建』を連想する人が多いと思います。でも、考えてみて下さい。あって困ることはありませんが、建築系の職業にまったく興味が無い人にとっては、無くても困らないですよね。

同級生が取得しようと、お隣さんが取得しようと、まったく生活に支障はでないのです。

つまり必要な人が持っているから役に立っているわけで、必要のない人が「ないから不幸」というわけではないのです。

多くの人が持っているから自分も持っていなければならないという考え方も、必ずしもそうではありません。

たとえば私は部屋にテレビがありません。

おそらく多くの人はテレビを持っていると思います。でも、実際問題あまり困っていません。

どちらかといえば、見たい映画や海外ドラマを必要に応じてレンタル屋さんにDVDを借りに行く方が好きです。もちろんテレビは楽しいですが、惰性でテレビをつけっぱなしにしてしまうタイプの人は、もしかしたらテレビを持たない方が便利かもしれません。

 

『ナイナイ星人』が本当に足りていないモノは?

『ナイナイ星人』は、本当は「私が不幸である根拠」が欲しいのです。

彼らは自分を不幸だと思っているのです。

本当は幸せになりたいのに幸せではないと感じている。無条件で自分が不幸だと惨め過ぎて立ち直れなくなってしまいます。だから、もっともらしい根拠が欲しいのです。

「ほら、ごらんなさい! 私はこんなに満たされない条件がそろっているのよ! これじゃ、私が不幸だって仕方無いわよね! 私が悪いんじゃないのよ! あなたみたいに満たされた人には決して理解できないでしょうね!」といったような言い訳がしたいのです。

だから、本当はそれなりに満たされていたとしても、それでは都合が悪いので「ない」を探し求めてしまうのです。

 

そうだ! 節約しよう!

そこで『ナイナイ星人』の人たちにはぜひ『節約』をしてみて欲しいのです。
普段から「アレがない、コレがない……」と不満を言っている人でも、節約って案外出来るものなのです。

節約というのは「今あるモノに目を向ける」ということでもあります。
事足りていると、それ以上のモノを買わなくなりますよね。
買い物以外でも、お水とか電気とかの生活資源もそうですよね。

節約が習慣になって来ると「○○がないから不幸」ではなくて「△△って無駄じゃない?」とか「□□ってもっと削れないかな?」とか「☆☆って××で代用できない?」という具合に、意識がどんどん変わって行きます。
もちろんケチと節約は違います。
今まで散々「○○がないから私は不幸なんだ!」と繰り返していた人でさえも、「コレなくても良いかも……」という意識に変わってくるのではないでしょうか。

実は自分はそれなりに満たされていたことに気づくのではないでしょうか。
幸せか不幸かというのは最終的には気持ちの問題です。

浪費の美学を徹底している人には節約が不幸かもしれません。
節約の美学を徹底している人は浪費こそが不幸の元凶だと言えるでしょう。
つまり、自分にあった幸せの尺度を見つめ直すことで新しい可能性が見えてくるのです。

「もしかして、私、自分が思っていたほど不幸じゃないかも……」と思えたら大成功です。
滅茶苦茶幸せ……ではなくても、そこそこ幸せなら良いことですよね。
条件は同じでも幸せの感じ方は大きく変わると思いますよ。

 

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