——魚に空を飛べと言っても困ってしまう。
鳥にとっては当たり前でも、魚にとっては無理難題なのだ——。
一羽だけでも鳥が欲しい、私に女の姉妹でもいれば……そんな、どうしようもない想いばかりが募ります。
ニュースを見ていると、介護のしんどさのあまり事件になってしまうケースでは、やはり男性のみで介護を担っているケースが目立ちます。
●みんなにすべてをさらけ出す
ではどうすればよいのか?
とにもかくにも、多くの人に助けを求めることです。
ケアマネジャーさん、ヘルパーさん、理学療法士さん、看護師さん、親戚、近所の人……。
家にいろいろな人が出入りすることに抵抗がある、という意見もありますが、もはやそんなことを言っている場合ではありません。
介護を抱えていたら、家の中がグチャグチャになるに決まっています。
今さら見られて恥ずかしいでもありません。
昔は「介護地獄」なんてあまり聞きませんでした。
その理由は「大家族だったから」ではないでしょうか。
単純に負担が分担されるだけでなく、地味で体力を使う作業を、「みんなでわいわいやる」ことできつさが緩和されます。
気の合うサークル仲間と文化祭の準備をするときなどは、肉体労働も苦にならないのと同じ現象でしょう。
個人的に考えているのは、いっそ、6親等(ハトコ)くらいまで同じ屋根で暮らすことで、シビアな介護問題を解決に導けるのではないかということ。
実施はしていませんし、あくまで仮説の段階です。
イスラエルの「キブツ」というコミュニティと似ているかもしれません。
●介護が与えてくれたもの
ヘビーなお話ばかりしてしまいましたが、介護はギフトを与えてくれることもあります。
一つ目は、身近な家族とじっくり向き合う時間・機会がもてることです。
みんなが健康なときには、目の前の「仕事」に追われ、大切なものを見失いがちになります。
もう一つは、病気や障がいのある人の気持ちがわかるようになることです。
健康な人から見ると、「手で物が持てない」「足が動かせない」ということの実感が湧きません。
身近な人が、そのようなことで苦労することを目の当たりにすることで、自分が当たり前にできることができずに苦しんでいる人もいる、ということに気づけます。
そうなると、他人の痛みを「努力が足りない」と切り捨てることもなくなるでしょう。
「努力は報われる」なんて嘘っぱちであることもわかります。
母は超働き者で、足腰や体が衰える要素はなく、むしろマッチョになるような生活をしていました。
また、若いころから栄養バランスにも気を付けてきました。
「若いころからの習慣で、要介護になるのを防げる」なんていうのも嘘です。
突然襲ってくる難病には勝てません。
「弱者は切り捨てろ」とでも言わんばかりの昨今ですが、明日は自分が口を利けなくなるかもしれない、目が見えなくなるかもしれない、呼吸すらできなくなるかもしれない……。
「弱者」は遠い世界の人間ではなく、身内、もしくは自分自身かもしれないのです。
自分が歩くかもしれない道に地雷を仕掛けてまわるような社会からは、一刻も早くおさらばしたいものですね。
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