一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.306「急に具合が悪くなる」

急に具合が悪くなる

ふたりの魂の交感に私の魂も歓喜!
涙が溢れた稀有な傑作!

196分という長尺。起きていられるか? と臨んだ試写だったが、寝なかっただけではなく、私はこの映画の後半、なぜか涙が溢れてしかたなかった。
主人公のひとりが末期がんで世を去る、ということを置いといて、私はこのふたりの関係に涙が溢れた。こんな魂の触れ合いが人生にあるのだ。
こんな素晴らしいふたりの関係を見せられた喜び、また、私の人生にはそんな人は現れなかった、という悔しさ(まだわからないけど、たぶんないと思う)。
映画を見て、こんな気持ちにさせられたショック(今までもたくさんの映画を見てきていろんな感情を味わったけど、初めての感情の興奮と驚きだった)と、分析するとこんな感じか。しかし、分析をなしにしたら、私は、私の魂が泣いていたのだと思う。
ただ、涙が自然に溢れて流れて流れて・・・・。試写室ではたぶん、誰も泣いてはいなかった。 それでいい。私だけの私の魂が歓喜したのだ。

  

介護施設のディレクターと舞台演出家
岡本多緒の演技が素晴らしい!

先日のカンヌ国際映画祭で主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が女優賞をふたり揃って受賞した。納得の受賞だ。濱口竜介監督(「ドライブ・マイ・カー」等)はなにも受賞しなかったが、これは不満だ。特に岡本多緒は素晴らしかった。真理(役名)そのもので、真理を生きていた。リアルでチャーミングで真摯で、演技は感動ものだった。素晴らしいの一言! 

お話を少し。パリ郊外の介護施設でディレクターをしているマリー=ルーは新しい介護技術を取り入れようと奮闘しているのだが、所長やスタッフの理解を得られない。スタッフからは不満を言われ、予算の問題もあり悩む。そんなある日、ひょんなことから舞台の演出家の日本人女性、森崎真理と出会う。ふたりは互いに日本語とフランス語ができ、意気投合して出会ってすぐに長い時間を過ごす。あらゆることについて、話が止まらないふたり。真理はマリー=ルーに自分は進行がんで余命半年と告げる。医者からは急に具合が悪くなるとすぐだって、と明るく言う。それから、ふたりは離れられなくなる・・・。

 

何かを伝えるより感覚的な何かを起こしたい。
監督の映画作りの原点を知る

本作は原作がある。がんを患った哲学者、宮野真生子と文化人類学者、磯野真穂の往復書簡集だ。これを濱口監督が換骨奪胎している。
劇中のマリー=ルーと真理の会話が哲学的でとにかく面白い。本作は彼女たちの会話劇でもある。資本主義について、社会について、マリー=ルーの母親について、介護のユマニチュードについて、精神病院のシステムについて・・・興味深い会話が繰り広げられる。
なるほど、と思う。いろんなことを会話から教えられる。
やがて別れの時が来るが、ふたりが過ごした時間は短いが濃密。そして、人生でかけがえのない人間と出会って真理は旅立つことができて、なんて幸せな人間だろうと思った。真理の記憶を持って生きるマリー=ルーも同様だ。
監督は映画作りに置いて、何かを伝えたいというより、感覚的な何かを起こしたいと言う。
この原作を読んで自分の中に起きたようなことを。それこそ、言語化が不可能でお腹の底の方が騒ぐような感じ。それが観客にも起きたらいい。と述べている。
私には、これが起きた。それが溢れる涙だったのだろう。
感覚的に私の体に起こること、それを魂の深い部分で体験できる映画は稀有だ。本作は私にとって貴重な一作となった。

 

監督・脚本 濱口竜介 
脚本 ルディムナ玲亜
原作 宮野真生子・磯野真穂「急に具合が悪くなる」
出演 ヴィルジニー・エフィラ 岡本多緒 長塚京三 黒崎煌代
※196分 ※6月19日(金)から全国ロードショー
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