一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.267「怪物」

怪物

誰もが怖い。誰もが怪物?

今の日本の雛形のような物語の凄み

カンヌ映画祭で評価の高い是枝裕和監督の最新作。今作は珍しく他人の脚本(坂元裕二)でのカンヌへのコンペ出品でなんと、脚本賞を獲った。まあ、脚本は素晴らしく、映画としても是枝作品にはないサスペンスとミステリーが提示されていて飽きることなく楽しめたので脚本賞は納得だ。私はどうも是枝作品と相性が悪くて、どれも面白くないよ、と感じていたのだけど今作はすっごく面白く、ワクワクして観た。またかなり怖い映画となっている。

これは坂元裕二の脚本の力が凄いと思う。今の日本の問題、いじめやシングルマザーや、モンスター・ペアレンツや、教員の質や、学校の闇や、毒親、子どもたちの変化など、巧妙に差し込まれていて、あざとさも少々感じるほどだ。でも、ここで描かれたものは今の日本の雛形のようなものだ。だから、ぞっとする。

怪物

複雑な時間軸のパーツのばら撒きは

やがて真相に近づくのか……?

シングルマザーの早織は11歳の一人息子、湊と仲良く暮らしている。しかし、最近湊の様子がおかしい。スニーカーが片方なくなったり、水筒に泥や石が入っていたり、放課後廃墟跡のトンネルで一人いたりと、不可解なことが続く。そして湊は担任の保利先生から「湊の脳は豚の脳と入れ替えられた」と言われたと告白する。真っ青になった早織は翌朝学校に出向き校長に抗議するのだが、校長は「はいはい」とメモを取って席を外す。

担任の保利も不真面目な態度で早織を激怒させ、挙句湊がいじめをやってると告げるのだった……。映画は早織、保利、校長、子どもたちと複数の視点で描かれ、時間軸が前後して提示されたパーツの意味を解いていく。だから、あっこのシーンはほんとはこういうことか、と思うのだが、それがほんとは、本当のことかは分からないのだ。どう取るかは観客にゆだねられていて、真相は藪の中なのだ。でも、みんな嘘をついてる? みんな怪物? なんで、こうなった? ってのは謎のまま。ラストも、ああ、これで終わらすのね、という終わり方で、巧緻の極み。ってか、こう終わらすしかないよね、感はあった。

怪物

田中裕子の演技にぞっとさせられる

人の心の奥底は誰にも分からない

田中裕子演じる校長が凄まじい怪物。「ひとよ」の母親役を越えたね。演技賞確実。ホルンを吹きながら湊に言うセリフは坂元裕二の真骨頂だろう。安藤サクラも私は初めてイイと思った。目が怪物だね、この人。ただ惜しいのが、中盤から子どもたちの話になると突然トーンダウン。ありきたりの展開になってしまったのが残念。ああ、でも、この映画見てたら「日本大丈夫か? 大丈夫じゃないよね?」と確信しちゃう。だから、怖い映画なのだ。

監督 是枝裕和 

脚本 坂元裕二

音楽 坂本龍一 

出演 安藤サクラ 永山瑛太 田中裕子 黒川想矢 柊木陽太 高畑充希 角田晃広 中村獅童

※126分

Ⓒ2023「怪物」製作委員会

※6月2日(金)から全国ロードショー



  

  

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