一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.264「エンパイア・オブ・ライト」

エンパイアオブライト

海辺の町の古びた映画館

映画を映す「光」が与える希望の物語

しみじみと心癒される良い映画だった。じーんとしてうるっとした。こんな優しい、でも悲しい映画、久々だった。海辺に建つ古い映画館。時代は1980年。今はもうこんなクラシカルで豪華でアートな内装の映画館なんてない。開巻からの映画館を映すワンカットワンカットがすでに素晴らしい。取り残された風情と情緒が乾いた温度で心に刻み付けられる。すでに廃墟のようだ。

このエンパイア劇場という映画館でマネージャーとして働くヒラリー。もう中年である。彼女が劇場をオープンさせるシーンから映画は始まる。どこか不安定で悲しげなヒラリー。支配人のエリスと不倫の関係を続けながら、心はうつろだ。そんなある日、黒人の青年が新しいスタッフとして働くことになる。スティーヴンという彼は音楽好きで明るく、ヒラリーは彼に惹かれていく。そしてふたりは付き合いだし、ヒラリーも明るくなるのだが……。

エンパイアオブライト


孤独な中年女と黒人青年の恋は……。

現代人は皆何かを恐れている

精神的に病んだ過去があり、そこから今も抜け出せないヒラリー。たるんで太った身体に皺の刻まれた決して綺麗とは言えない容姿。歳の離れたスティーヴンとの関係で彼女は傷つくのだが、劇場の他のスタッフの優しさや助言から大きく変わっていく。それはスティーヴンも同じで、ヒラリーとの関わりによって、彼も一歩を大きく踏み出す。

「何を恐れているんだ」ヒラリーに問いかける劇場の映写技師ノーマンの言葉が胸に響く。おそらく、映画を観ている観客の大半は何かに対して恐れているのだと思う。私もだ。そうだ、私は何を恐れていたのだろう? と自分に問う。そう、何も恐れることなどなかったのに、私は知らず知らずの内にいろんなことを恐れていた。次へ行きなさい。踏み出しなさい。行動しなさい。何も怖いことは起こらない。あなたは傷つくことなどない。そう、映画は教えてくれる。

全篇「詩」のような物語と映像

エンパイア劇場の佇まいが夢のよう

テニスン、オーデンと、イギリスが誇る詩人の詩を愛するヒラリー。映像は、語られる物語はまるで「詩」のような話だ。ヒラリーとスティーヴンがこっそり入る上の階の今は使われてない劇場の佇まいも魅力的。こんなところで素敵な男性とふたりきりでいたら、それだけで色っぽい関係になりそうだ。

ふたりだけの秘密の場所。エンパイア劇場の海辺に建つ様子も、夕方ネオンがつき始める風情も、ロビーの雰囲気、ロビーから見渡せる道や海岸など、どれも忘れがたい夢のような美しさ。映画用に作りこまれた美術の妙だが、記憶に深く刻印される出来である。

エンパイアオブライト


映画館は「自分の内面」と出会う場所

孤独な人に寄り添う佳作!!!

この映画は映画館への思慕も描かれる。ヒラリーは働く劇場でかかる映画を観たことがない。でも、映画を観ることでヒラリーは生きかえる。映画館はそういう場所だったはず。人々は暗闇の中で映画を通して自身の内面を見つめる。そして、答えを出してすっきりとした顔で映画館を後にする。映画は、映画館は……と、そのことを思い出させてくれる。

今はシネコン中心、映画もPCで観る、という状態だけによりこんな映画館が恋しくなる。ヒラリー役を演じたオリヴィア・コールマンが素晴らしい。抜け殻から生気を取り戻し、また壊れて、そしてまた蘇える過程が痛ましく、また心強い。人は何度も壊れて復活する。あーっ本当に素晴らしい、いつまでも余韻が残る、孤独な人に寄り添う佳作である。

監督・脚本 サム・メンデス

出演 オリヴィア・コールマン マイケル・ウォード トム・ブルック ターニャ・ムーディ

トビー・ジョーンズ コリン・ファース ハンナ・オンスロー クスリタル・クラーク

※115分

※2月23日(祝)から全国ロードショー
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