一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.223 「朝が来る」

朝が来る

「子供を返して」少女の悲痛な懇願
産みの親と育ての親にかかる橋

河瀬直美の新作である。
私は彼女がビジュアル・アーツ専門学校で講師をしていた頃に彼女の短編作品の試写に行ったことがある。

「につつまれて」と何かだったか。専門学校での試写で、彼女もいたのだが、私は場所が分からなくて試写に遅れてしまった。
観終わって河瀬さんが「場所、分かりにくいですよね。いかがでした?」と聞いてこられて、私は少し文句を言った。
試写をした教室が分かりにくい場所であったのと、作品がまったく面白くなかったからだ。

以来、「萌の朱雀」でカンヌ国際映画祭のカメラドール(新人監督賞)を受賞し、彼女はあれよあれよと言う間に有名人になった。
その後も一度ロケ取材にお邪魔したが、彼女の佇まいは変わらずだ。
長身で、人を覗きこむように見る癖。
彼女の作品はセリフがほとんどなくて、ドキュメンタリータッチで、いわゆるアート映画というものだ。
私はどうも彼女の作品は苦手でそのテンポにしばし寝てしまう。
しかし、最近の作品は商業色を意識したものもあるからか、退屈させない作りを意識してるように思う。

朝が来る

 

役積みで俳優たちは役を生きる
リアルで自然な演技に魅入られる

で本作。
原作が人気作家の辻村深月ということもあるんだろう、面白い一作となっていた。
子供ができない夫婦が、特別養子縁組をして子供を授かる。
その子供を産んだ少女は14歳の中学生で、泣く泣く子供を手放した。
数年後、少女は今までの生活に馴染むことができなくなり、家出した挙句に夫婦の家を訪ね「子供を返してくれ」と懇願する……。

映画は夫婦が養子をもらうまでのいきさつ、そして少女が妊娠して、産んで、夫婦の前に現れるまでのいきさつを交互に描く。極めて自然に。
少女役の蒔田彩珠が良い。テレビドラマ「重版出来!」に出てた時から「うまいなあ」と思っていたが今じゃりっぱな演技派である。
顔や目つきが尾野真千子によく似ている(尾野は河瀬監督が見出した女優だ)。
14歳のういういしさ、愚かさも、うっとおしくリアルに体現している。
河瀬監督は「役積み」といって、俳優に役を演じるではなくて役を生きさせる。
そのために今回も何ヶ月も前から俳優に役柄のまま一緒に住むことを要求し、役の生活をさせる。
夫婦役の永作博美や井浦新に子役も、2ヶ月前から撮影するマンションで暮らしたそうだ。
そういうことをすると、役が身体に染み通ると言うか、役そのものになることが狙いだろう。

朝が来る

 

風が吹くラスト
どうぞ、皆が幸せになって欲しい……。

私が中でも良かったのは、少女が出産する島の施設で一緒になる、子供を産んでも育てられない女の子たちの表情だ。
誕生日を祝ってもらって「祝われたの初めて」と涙が止まらない少女。
産んでも育てるのは無理、と泣く少女。
涙が綺麗で、哀れで、胸を衝かれる。

何度も挿入される風景描写に「河瀬直美」の映画だなあ、と何度も思わされる。
しかし、今作はそれが心地良い。
フランス映画みたいだなあ、とも思った。外国では特に評価が高いだろう。
ミステリータッチな部分もあるのだが、映画はサラリと終わる。
しかし、ラスト、私は「風が吹いたな」と思った。
風を吹かせた河瀬監督はやはり、巧いのである。

 

監督・脚本 河瀬直美
脚本 高橋泉
原作 辻村深月
出演 永作博美 井浦新 蒔田彩珠 浅田美代子 佐藤令旺 中島ひろ子
山下リオ 森田想 利重剛 平原テツ 田中偉登 駒井蓮

※139分
©2020『朝が来る』Film Partners
※10月23日(金)から全国ロードショー

 

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