一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.216 「ファヒム パリが見た奇跡」

ファヒム

チェスで亡命を賭けた親子の実話
父と息子の魂の旅に涙……。

実話だそうである。
冒頭で映されるバングラデシュの激烈なドキュメンタリー映像にショックを受ける。
警察と市民の攻防。凄まじい暴力。

私はなんて平和な国に住んでいて幸せなんだろう、と思う。
そして、道に死んでるのか、寝ているのか、人が転がっている狭い通路を家に帰る少年。
すらりとして聡明そうな顔をしている。
彼はチェスの大会で勝ち続けているファヒム。
ファヒムは数日後母親に別れを告げて父親とふたりフランスのパリへと向かう。
そこの難民センターで暮らしながら、チェスの有名なコーチの指導を受けることになるファヒム。
しかし、難民申請を却下された父親は不法滞在となり、ファヒムの前から姿を消す……。

なぜファヒムがバングラデシュを出なければならなかったのか、中盤でやっと分かる。
回想シーンが何度か入るのだが、ちょっと分かりにくいかもしれない。

ファヒム

 

羽ばたいていくファヒムに対して
父親の悲哀が浮き彫りにされる

ファヒムがパリに来てからの試合のシーンや、チェスのクラブの友人たちとの交流など、ファヒムがどんどん新しい生活に順応して成長していく様子が丁寧に描かれる。
しかし、対して父親はどんくさく定位置に留まったままのようだ。

観ながら、フランス映画ってスポコンものって向かないんだろうな、とシミジミ思った。
この有名コーチの言動もよく分からなかったり、特訓するシーンとかも皆無で、全然盛り上がらないのだ。
ハリウッド映画みたいな音楽で押していったり激しい口論とかの劇的な展開はない。
フランス的なユーモアもふ~ん、って感じだ。

しかし、父親がファヒムの前から姿を消し、エッフェル塔の置物の土産やバラの花を路上で売る件で涙が溢れてきた。
なんだか「自転車泥棒」を観ているような気持ちになった。息子のために。
ただそれだけでなんでもする父親。
「父親」の頼りない風情が哀れで涙がだらだら流れた。
警察に捕まって逃げようとするのだが、そこで力づくで押さえつけられて父親はまるで動物のような言葉ではない哀切な悲鳴を上げ続ける。
なんだか……。難民て、人間として見られてないのだろうか?
どんな人間でも魂があるのに、彼らにも魂があるのに。
このシーンは悲哀に満ちていてなんとも言えない気持ちになった。

ファヒム

 

「寛大な心は本では学べない」
この言葉が突き刺さる

フランスは移民や難民に寛大な国だと言う印象が強い。
しかし、フランスは激しい階級社会である。
本作のテーマを言い得たセリフがある。
チェスのコーチがファヒムの試合への出場を主催者に懇願するシーンで「寛大な心は本では学べない」と言う。
フランスは成熟した大人の社会である。
たくさんの移民や難民を受け入れ実地で学んできたゆえの言葉だろう。
日本も、実習生という名の移民を多数受け入れ出したところだ。
また、今、コロナ禍で「寛大な心」はどこか陰を潜めているような……。

ラスト、ファヒムの笑顔にまた涙がだらだら流れた。
演じたアサド・アーメッド、フォトジェニックな魅力が素晴らしい!

 

監督・脚本 ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演 アサド・アーメッド ジェラール・ドパルデュー ミザヌル・ラハマン
イザベル・ナンティ
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス
提供:東京テアトル、東北新社 配給:東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES

※107分
©POLO-EDDY BRIÉRE.

※8月14日㈮からヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、他にて全国ロードショー

 

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